薔薇宿 弐

     弐.


 香椎宗介いわく。

 彼の母の兄、安原宗親やすはらむねちか氏は六十代前半で死去した。生涯独身できょうだいも妹以外になく、妹は兄より早く亡くなっていた。それで法に則り、妹の息子である香椎宗介が、雑司が谷の屋敷を相続することになった。

 とはいえ甥の香椎にとってはふってわいたような話である。屋敷との縁も幼いころに何度か行ったという程度だ。

 それで、相続したはいいが、仕事にかまけてすっかり屋敷を放置してしまった。

 奇妙な噂を聞いたのは、風くらい通したほうがいいだろうと夏前に訪れたときのことだ。

『窓辺に白い人影を見た』

『大勢の人が庭にいるように見えた』

 そんな話が、近所でささやかれているという。

 勝手なことを抜かしやがって、とはじめは腹が立った。しかしじきに彼は思い出したのだ。

「ガキのころ、伯父さんの家に泊まったときに聞いたんだよ。このうちは幽霊がいるんだ、とな。母親も同調して、やけに楽しそうだった。もちろん俺は信じなかったが」

 気になったのでその晩は、屋敷に宿泊してみた。

「なにも起きなかったぜ。当たり前だろう」

 ぬるくなった麦茶を飲みつつ、屋敷のいまの主人は言う。

「とにかく、少しでも人目を引くようなことは仕事上困るんだよ。噂が消えてくれりゃなんでもいい」

 彼はそう言って、話を締めくくった。




 香椎が帰ったあと、高木はしみじみと言ったものである。

「若先生はやっぱり大先生の孫だねぇ。そっくりだよ」

「どこがです?」

 麦茶のグラスを片付けながら燐太郎は尋ねた。

「瞬間湯沸かし器なところ」

「心外ですね。俺はきわめて温厚です。爺さまとは違いますよ」

 少し間があって、高木は言った。

「でも受けるんだろう。さっきの話」

「そのつもりです。……あの、誤解なきように申し上げておきますけど、ぶっちゃけ金のためですからね」

 燐太郎にその気があると知るなり、香椎はけっこうな額の謝礼を提示した。その場では形式的に「お気持ちだけいただきます」と言ったものの、エアコンの件を思えばたいへんありがたい。いわば経営者としての判断であって、意地を張っているわけではないのだ。たぶん、きっと。

「あの手のはほとんどが錯覚です。放置された家の不気味さが、あらぬものを見せてるんですよ」

 燐太郎は袖で汗をぬぐう。

「現場へ行きさえすりゃあ、九割がた解決ですから」

「若先生がそう言うならいいけどね。態度はともかく、さっきの人も困ってるには変わりないし」

「あ、雑司が谷の幽霊屋敷の情報、見つけましたよ!」

 ずっとおとなしくしていた悠乃が声をあげた。スマートフォンの画面をこちらへ向けている。

「そんなもん検索してたのか?」

「見てください。これ、そうですよね」

 悠乃が示したのはSNSの投稿のようだ。

『雑司が谷霊園の反対側もちょっとヤバイよ。毎日ここ通るんだけど、なんか幽霊屋敷っぽくて不気味なんだよね。妹が窓に白い人影を見たって言ってる。ほんとかな』というコメントとともに写真が添えられている。夜に撮影されたようで不明瞭だ。生け垣の向こうに建物らしき影が写っているだけである。

「あとはこっち」

 悠乃は画面を切り替えて別の投稿を表示する。

『うちの近くにもホラースポットあります。雑司が谷の鬼子母神様の近くです。古いお屋敷なんですが、夜に前を通ったらクラシックの曲が聞こえました。誰も住んでないのに』

「見つけられたのはこれくらいです。雑司が谷霊園の怪談話ならいっぱい出てくるんですけど、お屋敷のほうは噂ってほどの噂じゃないのかも」

「ふむ」

 その程度の噂を気にするとなるとますます香椎の職業が気になるが、いまは置いておく。

 燐太郎は顎を撫でた。

「やっぱり、行ってみないとどうにもならんかな」

「わぁ、幽霊屋敷探検ですね!」

 悠乃の声は心なしか弾んでいる。燐太郎は軽く眉をひそめて悠乃を見やった。

「どうして新木がそんなに楽しそうなんだ」

「えっ、ワクワクするじゃないですか。冒険ですよ!」

「……連れていかんぞ?」

「そんな……!」

 まさかと思ったが、悠乃は絶望した顔になった。なぜついてくる気でいたのか。

 燐太郎はくせのある髪をかきあげ、ため息をつく。

「情報を探してくれたのには感謝するが、こりゃあ仕事だ。手伝ってもらうわけにはいかんのだよ。雑司が谷なら近いし、さっさと済ませてくるさ」

「これからですか?」「ああ」「……取材は?」

 へにゃっと下がった眉を見て、悠乃も水秦神社の取材という目的があって来たということを、いまさら思い出した。

「あー……そうだな、すまん」

 悠乃が頬をふくらませた。

「わたしのほうが先約ですよ? そういうのよくないと思います」

「うん、そうだった。申し訳ない。だからそのう、埋め合わせはする。今日は急だったから、ええと、ちゃんと約束して時間を取ろう」

 悠乃は上目遣いでじとりと見上げてくる。妙な圧力を感じ、燐太郎は目の下をひきつらせた。

 女の子にこういう顔をされるのは、非常に困る。

「――教え子連れ込んで泣かしてるとか、完全に通報ものなんだけど」

 新たな声。

 見れば、授与所の窓から燐太郎の小学校の同級生である辻杏子つじきょうこが覗き込んでいた。

 悠乃が首と手をぷるぷると振る。

「な、泣いてません! 通報しなくてだいじょうぶです!」

「おや、杏子ちゃん。いらっしゃい」

 杏子は高木ににこやかに手を振る。燐太郎には冷めた一瞥をくれたのに、だ。燐太郎は杏子を前髪の陰から見やる。

「アンズよ、人聞きの悪い言い草はやめてくれんかね」

「見たまんまを述べただけよ。……きみ、新木さんだっけ? こいつに気を許しちゃ駄目よ。もっともらしい仕事してるけどひどいタラシなんだから」

 杏子は窓越しに燐太郎を指差す。悠乃が首をかしげた。

「タラシってなんですか?」

「女たらしってこと」

「おい、アンズ。事実無根の風評を純真な若者に吹き込むのはよせ」

「へーえ? 証拠はないけど根拠はあるわよ。そうね、あれは中学生のとき駅前の歯医者の」「待て。ちょーっと待て」

 燐太郎は両手のひらを下へ向け、空気を押さえ込むようなしぐさをした。

「まさか俺の悪口を言うために来たのかね?」

「んなわきゃないでしょうが。ちょうど昼前に時間が空いたから、陣中見舞い」

 杏子は持参したビニール袋を掲げてみせた。愛嬌のある豚の絵が描かれている。それを見たとたん燐太郎の腹が鳴った。まもなく正午である。

「『桃源郷』の肉まんじゃあないか」

「そ。燐太郎好きでしょ。でもこの様子じゃ食べさせてやる気が失せたわね」

「なにぃ……!」

 悠乃に続き、今度は燐太郎が絶望の表情を浮かべる番だった。そのあいだに杏子が回り込んで、座敷へあがってくる。

「この部屋、あっつ! こんなところにいてよく平気ね」

「平気なわけあるか。やむを得んだけだ」

 エアコンのくだりを説明すると「行いが悪いせいね」とにべもない。「俺は仏教徒じゃあないから因果応報は信じないぞ」と言うと鼻で笑われた。

 麦茶と皿を並べながら高木が苦笑する。

「どっちかというと、普段ここにいるのはわたしなんだけどね。わたしの行いも悪いのかね」

「高木さんは結局燐太郎のこと止めないじゃないですか。きっとそのせいですよ」

「手厳しいなぁ」

 言う間に、肉まんが大机の中央に盛られた。いただきます、の声のあと、一同の手が伸びる。

「ふわ、これすごくおいしいですね!」

 悠乃は暑さが堪えた様子もなく、ほのかに温かさを残す肉まんにかじりつく。

「でしょ。幸先通り商店街全店のなかでも屈指のおいしさだと思うのよね。白黎だったら学校帰りに寄れるんじゃない?」

「寄りたいですけど、買い食い禁止されてるんです」

「燐太郎に見逃してもらえばいいわよ」

 調子のいいことを言って杏子が肉まんをちぎる。Tシャツから覗く豊かな胸元に、汗が流れ落ちた。鬱陶しそうにポニーテールを払い、杏子は言う。

「でもさ、エアコンどうすんの? あの骨董品じゃ直すのも大変じゃない? いっそ新しくする? でもどっちもお金かかるわね」

「若先生が出稼ぎに行ってくれるらしいよ」

「出稼ぎ?」

 香椎の依頼について聞いた杏子は片眉を跳ね上げた。

「燐太郎、ほんとにやるのそれ」

 短く「ああ」とだけ答えたのは、両手で割った肉まんにかぶりつくのに忙しかったからだ。甘辛い汁のしみた生地は、柔らかくてほの甘い。燐太郎は辛子をつけない派である。

 杏子は膝で歩いて燐太郎ににじりより、小声で言う。

「そういうの、受けるのやめたんじゃなかった?」

 肉まんのあとに麦茶も流し込んでから、こちらも小声で答えた。

「別に変わったことをする気はないさ。様子を見に行って、お祓いして、それでおしまいだ」

「大丈夫なわけ」「俺だってお祓いのひとつやふたつ」「そうじゃなくて」

 焦れたように杏子が睨みあげてくる。

「あたしは、燐太郎が大丈夫なのかって訊いてるの」

「……」

 燐太郎は杏子から視線を反らす。

 悠乃が高木に麦茶を足してもらっているのを、なんとなしに見た。高木がなにか言い、悠乃が笑う。

「……大丈夫だ」

 薄く笑ってみせると、杏子は不満げに唇をすぼめる。重ねて言った。

「大丈夫だよ、アンズ」

 ――心配かけて、悪いな。

 そう続けようと思ったのだが、口に出せばまた怒られそうなので、黙っていた。




 結局、掃除は中途半端になってしまった。明日こそ続きをやることを心に誓いつつ燐太郎はシャワーを浴び、自室で洋服に着替える。

 それから、社殿の隣にある宝物庫を開けた。

 たいそうな名だが中身は物置に限りなく近い。二十畳ほどの空間に、細い通路を残して棚が詰め込まれている。

 棚の容量の半分以上は書物である。史料的価値が高いとのことで博物館や図書館から寄贈の打診を受けることもあるが、曲直瀬家は断り続けている。燐太郎もそれにならうつもりだ。

 しかし今日の目的は書物ではない。

 燐太郎は預かり品が並ぶ前を通りすぎ、ある棚の前で立ち止まる。

 手を伸ばしたのは、目の高さに収められた桐箱。

 箱は薄く埃をかぶっていたが、蓋の角を落とした丁寧なつくりだ。床に片膝をついて、静かに箱を開けた。

 なかの細長い物体を、そっと手にとる。

 白木の手触りと、ずしりとした重さが手に伝わってきた。懐かしい、と思う。

「……こいつを出すのも、ずいぶんと久しぶりだなぁ」

 ひとりごちて、ボディバッグにしまった。




 すぐ近くの停留所から都電に乗る。

 チンチン電車という愛称どおりの発車ベルを鳴らし、都電は夏空の下を進んだ。空は青く、沿線に咲く向日葵が陽炎に揺れる。

 大きな窓から差し込む日差しはようやく角度がつきはじめたばかり。燐太郎は吊革をつかみ、光に目を細めた。

 ――かつて水秦神社は、特殊な相談を受けることを副業にしていた時期がある。

 特殊というのは占い、失せ物探し、さらには霊障とおぼしきものまで、非科学的で非正統的なもろもろの困りごとを指す。

 相談を受けるのは『雨降りの巫女』とよばれる女性だ。曲直瀬家の娘から素質のあるものが選ばれる。

 この役割のため、近代に至るまで曲直瀬家は地域で特別な存在感をもっていた。だから杏子の兄の辻貴志つじたかしなど幸先町の一部の住民は、曲直瀬家を「拝み屋」と呼ぶのだ。

 しかしその伝統も七年前に途絶えた。巫女を担うものが、いなくなったからである。

 先ほどの杏子の表情、鋭さの裏に不安を隠した切れ長の目を思い出す。

(俺は、大丈夫だ)

 胸のうちで繰り返す。自分に言い聞かせるように。

 鬼子母神前で都電を降りる。香椎から聞いた屋敷の場所は、ここからさほどかからないはずだ。

 昔ながらの店舗のあいまにしゃれた店がちらほらある銀杏並木を抜けると、もう鬼子母神堂である。頭を下げて門前を通りすぎた。

 問題の屋敷は、住宅地のなかにあった。

(ほほう。こりゃあちょっとしたもんだ)

 伸び放題の生け垣に囲われた二階建ての屋敷は、小規模ながら洋館と呼びたい風情だ。二階のバルコニーの柱が優美である。

 夜なら不気味なのかもしれないが、真夏の日差しのもとではがらんとした空虚さが際立ち、恐ろしさよりも侘しさを感じさせた。

(さて……)

 左右を見回す。閑静な場所だ。燐太郎は通行人の途切れる瞬間を狙って、目を閉じた。

 聴覚へ意識を向ける。

 蝉の声。木立を揺らす風。明治通りをゆく車のエンジン音。クラクション。都電の音。どこかで犬が吠えている。笑い合う子ども、家屋や店のなかの人の声まで。

 街を構成する音が、燐太郎の耳に届く。

 とわかる理由はうまく説明できない。この世のものではない音は、この世のものではない雰囲気を持っているのだとしか言えない。

 ――ざらり。

 今回捉えたのは、ものを引きずるような音だった。

 異界の音に集中する。自分の感覚のなかへ沈み込んでいく。雨音。反転する。

 目を開けた。

 赤外線カメラの映像に似た視界が、現出していた。

 住宅地にたたずむ燐太郎の目は、銀色の燐光を放つ。このせいで視野の切り替えは目立つのである。素早く済まさねばならない。

 屋敷の庭がほんのり光っている。生命を示す光だ。繁茂する植物であろう。

 一方、どの窓にも光は見えなかった。

(見る限り変わったところはないようだが……)

 多少の異変は聴覚のほうに現れた。

 ざわりざわりという音。それを燐太郎は、の耳で聴いた。

 決して不快な音ではない。ススキ野原を風がゆくような、遠くの駅のざわめきのような。

(だが、これだけじゃあなあ。力の弱い異神未満が住み着いてることなんざ、古い家じゃあ珍しくもない。目に見える怪異につながるとも思えん)

 そのとき人の話し声が聞こえた。燐太郎は一度目を閉じ、視界を元に戻す。

 彼の前を、学生風のカップルが通りすぎていった。

(中も見てみないと駄目か。そいつはまたあとで、だな)

 踵を返した。

 途中で目をつけていた煙草屋まで戻る。

 各社競って出している電子煙草の並んだ現代的な雰囲気だが、道路に面した窓があって構造は古典的だ。窓のなかには中年女性が座っていた。

「すみません、赤ラークふたつ」

「はーい」

「それと、ちょっとお訊きしていいですか」

 煙草へ手を伸ばす女性の、まるまるした背中へ声をかける。

「あらあら、なんでしょう?」

 女性はにこやかに燐太郎に顔を向けた。

「鬼子母神さまの裏手にあるお屋敷のことなんですが……」

 煙草屋で訊けた話としては。

 くだんの屋敷は以前の住人、安原氏の祖父が戦前に建てたという。

 幽霊の噂は以前もときどきあったそうだ。といっても窓辺に半透明の美少女を見た、その美少女は昔、恋に敗れて亡くなったのだ、などというありふれたものだ。

 燐太郎が受けた印象としては、本気で恐れられていたというより、特異な外観にもとづいた浪漫的ロマンティックな幻想の対象になっていたように感じられた。

「最近はどうです。噂のほうは」

「そういえば先々週くらいに、誰もいないのに音楽が聞こえたってお客さんから聞きました。また流行ってるのかしらねえ。でも、あの安原さんが出るとも思えないし」

 安原氏はいかにも育ちのいい紳士で、前を通ると必ず挨拶してくれたそうだ。亡くなったあと甥が受け継いだことは知っていたが、香椎の姿を見たことはないという。

「素敵なお屋敷でしょう? 放っといたらもったいないですよね。わたしにくれたら模様替えしてお店にするんだけど」

 煙草屋のおかみさんはそう言って、ホホホと笑った。




 長かった一日もようやく暮れ始めている。

(うーん。なにもない可能性が高そうなんだよなぁ)

 屋敷へ向かう道を戻りながら、燐太郎は腕組みする。

 高木にも話したことだが、幽霊屋敷で起きる怪異の大半は錯覚によるものである。

 人が出入りしなくなった建物は、瞬く間に朽ちる。その速度は人の予想をはるかに超えるのだ。街中のちょっとした空き家ですら、人工物というものは用に供することで存在意義アイデンティティを保っている、と実感させるに充分だ。

 使われない建物の醸す空虚な哀愁が、人に幽霊屋敷の発想をもたらすのだろうと思う。

楔座くさびざになっちまってるも、皆無じゃあないが)

 楔は常世とこよの痕跡。楔を内包する場が、楔座だ。

 楔座の周辺は異界と化して奇怪な現象が頻発する。とはいえ、そうそう簡単に出現するものではない。

 問題は香椎の依頼が「噂を消してほしい」という内容だったことだ。曖昧な噂ゆえに、消し去るのは困難に思われる。

 烏の群れが、頭上を通り抜けた。ざっ、ざっ、と燐太郎のスニーカーの足音がする。

 坂の途中。ふと立ち止まる。

 住宅地の夏の夕暮れ、あたりに人のいなくなった瞬間。

 西へ傾いた太陽が、夏の夕らしい浅いオレンジ色で街を染める。 暑さはまだ和らぐ気配がなかった。アスファルトにこもった熱がせりあがり、空気が揺らぐ。

 誰もいない。時間が停まってしまったかのようだ。

「――……」

 ふたたび歩きだす。

(ん?)

 自分の足音のうしろに、ことことと違う音がついてきているのに気づいた。

 立ち止まってみる。ついてくる音が止まった。

 歩きだす。また、ことことと聞こえる。立ち止まる。音も止まる。

 何度か繰り返したあと、燐太郎は振り向かずに言った。

「どちらさんだね。俺を尾行してもなにも出んぞ」

 背後で息を呑んだ気配がした。

 己をつけてくるものへ声をかける危険性を知らぬわけではない。言葉を交わすことは、えにしを結ぶことに通ずる。相手が異界のものであったなら、取り込まれる可能性もある。

 しかしいまは確信があった。どう考えても、あとをつけているのは現世うつしよのものだ。

 ゆっくり振り返る。

 電柱の陰という、実に芸のない隠れ場所から出てきたのは。

「先生。なんでわかったんですか?」

 ストライプのワンピースに麦藁帽子。珍しくばつの悪そうな顔をした新木悠乃が、ヒールサンダルの足音をさせて歩み出た。

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