第7話 無言の贈りもの

 茶色い封筒に入っていたのは一枚の紙だった。

 朝日をライトにエレハイムは、読み始めた。

 豪勢ではない。だが広々としていて部屋に入る朝日の陽気がぽかぽかといい間取りであった。冬になり始めの寒い日に暖かさを運んでくる。

 自分の身体の四倍はあるベットに腹ばいになってエレハイムはいた。

 字はぞんざいな字で書き綴られていた。数行の後、名前が書かれてあった。

 マチス。

 エレハイムは、それを元の封筒にしまった。すぐに読み終えてしまった。書かれている文字がだだくさなら、内容も同じ、一月おきに届けられる手紙は毎回、単語、単語の嵐、主語も述語もあったもあったものではない。

 ――何日だっけ?

 その中の一つ、いつも書かれている言葉だ。そのためか、指折りする間もなく頭に数字が浮かんでくる。

「213日目だよ……」

 戦いがあった日から213日、ほぼ一年の三分の二が過ぎようとしていた。

 その間、幾つものゴミ掃除があった。

 

 閃光がディ・ナンドの街を包み込んだ時、一つの断末魔らしきものが国全土に響き渡った。悲しい怒りに取り憑かれた声だったと言う。

 光が徐々に治まり、次第に街が見えてくるはずだった。だが、見えたのは、巨大なエネルギーに抉られた大地だけ、街は光と共に消えていた。

 むき出しの固い土や岩は、細かい目のヤスリに磨かれたように滑らかな椀状に形どられていた。

 その中心、ローレンの城があったと思われる位置にアデュがいた。

 全身血だらけで、息絶えているふうに見えたが、なぜか外傷は少なく、心臓が動いていた。

 彼を最初に発見した人はこう言った。

「触ったら消えたけドォ。何か光ってたドォ」と言っていた。

 なぜ光っていたのかはわからない。あるとすれば、カオスが助けたと言うことになるが、真実は闇の中にあると言う奴だ。

 ローレンの独裁国家は、次の日にはなくなり、新たな国家態勢が敷かれた。

 国家開発機関。

 数個の部署が設けられ、それぞれヴァンデ公国の人が自主的に配属される。

 求人募集のチラシを撒いて見ると集まってくる若者が大勢いたが、人気、不人気があり、人での足りない部署が所々見うけられる。確かに自分の就きたいものはある。国の建て直しなど、人気集中。ほかの外交部、警察部、自衛防衛部など、国を離れたり、危険を伴う仕事は人気がない。

 マチスは国王になることを拒否し、外交部に所属、外交官として一人、隣国を渡り歩いている。歩いているは間違い、馬車を使っているからだ。

 シーザーは自国に帰り、奥さんといちゃつきながら国務にあたっていると言う。

 エレハイムもマチス同様、外交部に所属していた。しかし、仕事の量は山積みなのにもかかわらず、配属されている人数三人、マチスは国から離れて各地を回っているせいもあり、日々の労働は過労死しそうなほどだった。

「エリィ!!」

 二つの開き戸が勢いよく開かれ、黒っぽいスーツに身を包んだ女が入って来た。

 金髪碧眼、後ろ髪を結い上げ、前髪を真っ二つに分けた。銀縁メガネの女である。見るからにキャリアウーマン働く女性である。

「あなたまだパジャマのままなの! 今日は忙しいから速く起きてって昨日言ったじゃない! もう、ホレこの藍色のスーツにしなさい! 速く着替えて!!」

「ハ、ハイィ!」

「返事はいいから、ホレ!」

 下ろしたてのちょっぴり固いスーツを放り投げ、女はいそいそと部屋から出て行った。

 エレハイムは言われた通りパジャマを脱いでそっこーでスーツに着替える。

 ルージュと言う女はエレハイムの同僚であり、秘書を務めている。

 静かにしていれば綺麗な人だ、もちろん動いている時も綺麗ではあるが、正確が結構せっかちでキツメなのである。

 エレハイムからして見れば、母親に見えてしまう。自分の母親がどうだったか覚えていないが、こんな感じだといいなと思い、ルージュのことをマミィと呼んでいたりする。

 着替え中にもかかわらず、ドアをおもいっきり開きルージュがワゴンを押して入ってくる。いつものことであるからして、エレハイムも気にもしない。この家に住んでいるのは、エレハイムと眠り人だけだった。

「まだ着替えていないか! まあいい。今日の仕事言うから心して聞くように。

 その前に朝食持って来たから食えよ!」

 ルージュが言う前にワゴンに乗った朝食のパンを口に運んでいた。

 それを確認したルージュは頷き話しを続ける。

「今日は大変だから、たんと食え。なにせ一年に一度の聖夜だからな。

 まずだ!! 朝食が済んだらガイロス公国の国境端、ヴァンデ公国南東地区に向かう。新たに見つかった遺跡のガイロス、ヴァンデ共同探索チームの出発式がある。

 次、昼食はプロート国に行き会食。その後、山を二つ越え夕方、猫人族の首都でキャット・キング召還の祝賀会に出席、あいさつだけだけどな。

 次、デボネスの第一王女様の誕生日パーティー。いいねえ、聖夜に産まれるなんて……って、そんなことは関係ないんだ。

 最後にヴァンデ公国、中央教会にて聖ルシファ様にミサ。

 移動中も山のような資料とか読まないといけないから目薬、ゼッタイ忘れるな!!

 それ行くぞ!!」

 一気にまくし立てたかと思ったら、食事中のエレハイムの手を引っ張り駆け出した。

「あぁ、ちょっと! 眠り人のよーす見ないと、日課の」

「そんな悠長なこと言ってられないわ! 時間厳守!!」

 眠り人。本名アデュ。あの見つけられた日からずっと眠りつづけていることから、いつしかそう呼ばれていたのだ。

 外傷はほとんど回復した。出血多量でなくなっていた血も輸血した。医師も起きてもいいと言っていたがアデュの瞳が開くことはなかった。

 いつの間にか病院から追い出されて、ベットごと路上に放り出されていたところをエレハイムが捜し出し、自宅に連れて帰ったのだ。その後も看病を続けているが寸分も動くことはなかった。

 心臓は動いていた。国家開発機関にいる知り合いの医師に見てもらったが、言うことはほかと一緒「意識が戻る確率は五分と五分、いつ起きるかはわからない、起きないかもしれないかも。いや、参ったね、ははは」笑ってごまかされる。自分たちの知識の少なさを。

 得体の知れない病気にかかったとしか思えなかった。

 しかし、今日は聖夜。

 女の感と言うか、野性の感がなぜか震える。

「ホラ! もたもたするな行くぞ! ゲッ……」

「やあエリィ、朝っぱらからどこ行くんだ」

 玄関先で待っていたのはカニカだった。それを見るなりルージュの顔が嫌悪する。

「おはよう。ルージュまた会えたね、昨日の君も綺麗だけど、今日の君はちょっと老けたね。ハハハ。でも、やっぱり毎日会うなんて、僕らはきっと運命に見守られているんだよ。さあ、行こう。二人の愛は永遠なのだ。ハハハハハ」

 カニカはルージュの顔を見るなり、口説き始めた。はっきり言ってルージュにとって鬱陶しくて仕方がない。だが、カニカのおしゃべりは、話を入れる隙がないから、どうも苦手のようだ。

 その隙にエレハイムは、こっそりとアデュの所に向かった。


 視界が朝靄がかかったようにぼやけていた。

 長い夢を見ていた。

 自分が斬られたり、汚れたりしていた。

 最後、白い炎が自分を包み、二つの力がぶつかった。その後は静寂の中に佇む自分がいる。意味もなにも不明な夢だった。

 ここから抜け出そうとしたが、なかなか抜け出せない。鎖で繋がれていたようだった。

 今日……だろう。ようやく鎖を切り離し、夢から覚めることが出来たのだ。

 アデュは眠っていた。

 見たこともない部屋。

 大きいベッド。

 眩しすぎる光。

 まだ夢の中にいる雰囲気が漂っていた。

 ぼーっと横になっていると足音が木霊して来る。走っているようだ。

 それはドアを開けた。自分のいる部屋だ。

 女。しかも見覚えがありそうな、緑色の髪。女は自分が起きているのに気づくと駆け寄ってきた。

 頬に涙が伝っているのか?

 窓から差し込む陽に照らされ、きらりと光った。

「もぉんのスッゴク心配したんだからな! 213日なんてへんてこりんな日に起きやがって、へへへ」

 女は嬉しさなのか笑い出した。

 しかし、アデュにはもっと重大な物があった。

 人として、最も大事な三つの内の一つ。

「ホント、凄いよね。聖夜――の朝だけど――に起きるんだもん。これも聖ルシファ様の御加護って奴だよ」

「……」

「え、第一声?」

 アデュが口を少し開いたことに気づき、耳を傾ける。

「ヤッター無事だった? それとも、君がほしい? へへへ、テレるな。」

 かってに想像して、頭を掻いて照れている。聞いている方がバカらしい。

「で、何?」

 きゅるん。

「ハラ……へった」

「…………い、いくら213日食ってないからって……。

 だからって……。

 し、心配させまくったくせに! 第一声が!! それかああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

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