忠義に報いること
私が余計な話をしてしまったばかりに、パーティの雰囲気が悪くなってしまった。それは反省している。特にアルリにとってはいい迷惑だ。自分は死体を見つける度に師匠ではないかとハラハラしているというのに、大巫女イスリュードを必要としている当人同士が何を呑気に解呪した後のもしも話をしているのだと、内心呆れていることだろう。ましてや痴話喧嘩まがいの内容ときた日には溜め息も吐きたくなるはずだ。しかしアルリはそんな様子、おくびにも出さずに粛々と付与神術を私の剣にかけ防壁神術で後衛を守った。優しい娘だ。
イヨナさまの方も、目と耳としての役割をきっちり果たした。内心、連携が乱れるのではと危ぶんでいたのだけれど、杞憂だったようだ。
「今どのあたりだ?」
半刻は歩いただろうか。魔獣とも幾度となく遭遇した。ただの洞窟にしては深すぎるのではないかと、私はアルリに地図を見るように働きかける。
「ええと……この先を行けば沐浴場に出ますね」
「沐浴場、洞窟に?」
指を指したアルリも含め、示し合わせたかのように私たちは進行方向に伸びる暗闇を見た。
「ええ、聖地には必ず沐浴場があります。なかでも神託を授かるこの洞窟の沐浴場はとても神聖な場所として有名ですよ。洞窟のなかにあると話を聞いた時は驚きましたが」
「神殿は?」
「神殿にはありません。本当はあって然るべきだと思うのですが、たくさんの方が来られますし、何よりそんなにたくさんの水を用意できないのです」
「どのようなところなのでしょう。管理人の方はやはり魔獣に……」
私たちは再び暗闇に目を向ける。各々、最初に思ったことはバラバラだろうが、一様にイスリュードの安否を心配したことだろう。
「一般の参拝者はここまで深くは入ってこないらしいです。ここまで来るのは、本当に神託を授かりに来た巫女や神官くらいで、それほど神聖な沐浴場なら、管理人がずっと待機しているということもないんじゃないかなぁ」
アルリの考察にほっと息を吐くイヨナさま。今まで幾度となく無残な死体を見つけてきたが、もちろん見ないに越したことはない。人道的にはもちろん我々の実利にとっても言えることだ。魔物の巣窟となって数日も経っていないこの洞窟で餓死者はおらず、死体があるということは、その場所は警戒すべき場所だということになるからだ。
事務的な会話でも、あるとないとでは大きく違う。少し雰囲気が明るくなった私たちは、互いに問題に触れないように道を進んだ。
そしてアルリの言った通り、すぐに沐浴場にでた。
シンラ洞窟の沐浴場は、湧き水が溜まった泉だった。松明の火が端まで届かないくらい広く、天井も高い。この分だと、泉もどれだけ深いことか。
「水は綺麗ですね」
泉の水を掬うと、松明の炎が反射してキラキラと輝いた。地下水ということで、冷たくヒンヤリとしている。異臭もない。私は舌を濡らし味を確認した後、喉をくぐらせてみた。冷たい水が腹に落ちて、臨戦態勢で緊張していた身体に染み込んでいくようだ。
「大丈夫、飲めます」
毒味の結果を伝えると、ふたりは岸に駆け寄った。
「ここで少し休みますか」
喉を潤し一息吐いた後、水筒に水を溜めているふたりに私は提案した。
「ここでですか?」
「ええ、まだ先は長いのだろう?」
私の言葉を受けてアルリは地図を開く。
「一番奥までだと、ちょうど、今が半分くらいです」
「進むとなれば今まで同様、ずっと緊張しっぱなしになる。どの程度強い敵がどのくらいいるのかわからない以上、休める時に休んでおくべきだ。ましてふたりは騎士や魔道師のように戦いを生業としている人間ではないのだから。仮眠でもとると良い。大丈夫、何かあったら叩き起こすから」
アルリは不安げにイヨナさまを見る。イヨナさまは耳をピコピコと動かして周囲を探る。
「魔獣の気配はしませんね」
「それじゃあ……」
壁際に座ったアルリ。しばらくイヨナさまと話していた彼女だが、会話が途切れた一瞬で、眠りに落ちてしまった。
ぴちょん。
天井から水の滴る音が洞窟内にこだまする。道中、あまり下りている感覚が無かったのに、気づけば随分深くまで潜っていたようだ。
あと半分。このまま順調にいけば良いのだが、今までの道中を思い返せばそこはかとない不安が背筋を粟立てる。この半分の道のりで、ここを《魔獣の巣窟》と言わしめるほど強い個体がいたわけではなかった。種類も少なかった。当然それが最後まで続くとは思えず、私の経験上、こういう時に限って、奥の奥にこの魔獣たちの一軍を統べる主が棲みついているものだ。
砂漠の魔獣。見当もつかない。
考え事をしていると、視界の端に動く影がちらついた。魔獣の気配はなかった。アルリは寝息を立てている。ということはイヨナさまだ。
「ジル……」
「どうかしましたか?」
すっと立ち上がったイヨナさま。何やら俯いて、神妙な雰囲気だ。いや、神妙というか……。
「ジルは、ずっとわたくしを護ってくださいました」
「……はい」
「生まれる前からずっと」
それからイヨナさまは頭の獣の耳を触って続ける。
「こんな耳が生えて、そのせいでお城から脱出して、呪いを解く旅にでて、その間もずっと、危ない時もたくさんあったのに」
ゆっくり、一音一音確かめるように話すイヨナさま。
「私はイヨナさまの護衛騎士ですから」
当然のことですと言うと、イヨナさまは小さく頷いた。
「そうです。だから、その」
「……?」
松明の、ぼんやりとした灯りごしでもわかる。眼をきつく閉じて、何やら懸命な様子。
「む、報いがっ」
「え?」
「報いがっ…………必要なのです」
「報い? 報酬ですか? 報酬なら陛下から頂いています」
「この旅の報酬は?」
「それは……」
「その、わたくしは、お金も、領地も差し上げることができません」
「はあ」
「だ、だから」
なんだかとっても恥ずかしそうだ。一体何を言い出すつもりなのかと身構えていると、言葉ではなく柔肌が出てきた。
首元の結び目を解くと、シュルリと布が落ちて小ぶりの胸があらわになる。とっさに足元に視線を伏せると、ストンと服が落ちて綺麗な脚線が上に伸びているのが見えた。
私はイヨナさまに背を向ける。すると目の前にすうすうと寝息を立てているアルリの姿が。思わず背筋が凍った。
「こちらを向いてください。わたくしに差し上げられるものといえば、これくらいしかないのです」
ヒタリ、ヒタリと、冷たい石の上を裸足で歩く音が背後から迫り、「ジル……」と熱に浮かされたような甘い声が私の首筋を撫でた。
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