忠義は友をも殺す

「さあ、イヨナルシア。一緒に来るんだ」


 手を広げてみせたウル皇子。皇子の話には説得力があった。立派に皇子としての役割を果たそうとしているのもわかった。


「……」


 姫さまは沈黙を保っている。迷っているようだ。この状況で迷っているということは、もう姫の中で答えはでているということだ。


「解呪のアテならあります」


 私は、イヨナさまの前に半身を出して言った。自分と妹の間に割り込まれたウル皇子は、不機嫌そうに目元を引きつらせた。


「大巫女イスリュードか」


 皇子の口からその名がでてくると思わなかったが、すぐ後ろに控えているロインを見て、やつが報告したのだとわかった。


「ご存知でしたか。私たちは彼女に解呪を頼もうと思っております。彼女がいるシンラ洞窟はこの街の近くです。ですので殿下のお気遣いはご無用にございます」

「無用とは随分だな。しかしそう上手くもいくまい」


 皇子は私たちの知らない何か知っている。そんな口ぶりだ。


「どういう意味でしょうか」

「シンラ洞窟だったか。あそこは今頃、魔物の巣窟になっておるはずだ」

「そんな!!」


 悲鳴に似た驚きが後ろから聞こえた。イスリュードの弟子であるアルリだ。


「シンラ洞窟は十二の天使さまから預言を授かる聖なる場所。当然魔物が寄り付かないように、結界が施されています。そしてそれは衛士によって護られている。だから魔物が大挙するなんてありえません!」


 アルリは声を張ってウル皇子の言葉を否定した。

 ロインからイスリュードの情報を得ていたとしても、洞窟の調査を行う時間などなかったはずだ。皇子のブラフとも考えたが、先程の殿下の言葉を思い出してその考えを改めた。


「殿下、シンラ洞窟のこと、イスリュードのことはロインから報告があったのですね? しかし先程おっしゃられた《今頃は》というのはどういう意味でしょうか」


 私の問いに、ウル皇子は何食わぬ顔で「さて、言葉通りの意味だが?」と答えた。


「殿下、貴方は……」


 つまり、皇子はロインからイスリュードの話を聞いた後、すぐに手持ちの部隊を洞窟に派遣したのだ。洞窟に魔物避けの結界が張られていることは知らなかっただろうから、最初の目的は大巫女の暗殺といったところか。

 私はイヨナさまとアルリを横目で見る。ふたりともウル皇子の所業を察して愕然としていた。


「た、助けにいかないと!」

「わたくしたちも行きます!」


 アルリが悲痛な声を上げ、イヨナさまも同調した。


「ダメだ。イヨナルシア。お前は私と一緒に皇都へ帰るのだ」

「お兄さま!」


 悪びれない兄皇子を激しく非難するイヨナ姫。どれだけ強い信念があろうと、どれだけ帝国を愛していようと、手段を選ばなければそれはただの外道だ。いくら実兄でも、外道に大切な姫さまを渡すわけにはいかない。

 こちらが大人しく従わないと見るや、皇子は武力行使にでた。皇子の後ろでロインが手を挙げると、やつの背中の扉からぞろぞろと兵士たちが部屋に侵入してきた。顔つきや装備から、彼らは現地の兵士ではなく、ウル皇子が皇都から連れてきた兵士のようだ。


「あまり手間取るなよ」


 皇子の注文をきっかけに、ロインを含めた兵士たちが一斉に剣を抜いた。


 兵士たちはともかく、ロインはやっかいだな……。


 奴は頼もしい知恵者だが、けして大きな図体がハリボテというわけではない。


 キィン!


 ロインの斬撃を私は弾く。相変わらずすごい力だ。手が痺れている。さらに打ち下ろされる剣撃をリカッソで受け止め、鍔迫り合いの格好となる。


「相変わらずその身体のどこにそのような力が秘められているのやら」


 上から覆いかぶさるように押さえ込もうとしているロインは呆れ口調で言った。


「貴様こそ、文官となったのだからいい加減鈍ればいいものを」


 騎士団を離れてもなお、まったく衰えないロインの剣速に、私の口からは思わず厭味が飛び出した。

 ロインとの睨み合いの最中、イヨナさまたちを取り押さえようとしている兵士たちを視界の端に捉えた私は、上からのしかかるロインの剣を弾き返す勢いで押し返した。そしてやつが体勢を建て直す前に、半歩分身体を翻し、その回転力に剣を乗せて先頭の兵士の顔を叩いた。

 バゴンッと鈍い音が鳴る。鼻の潰れた音だ。その後ろにいた兵士は壁に後頭部を強打させて昏睡状態に陥ってしまった。


「無茶苦茶だな」


 戦線復帰したロインは、顔をひきつらせて苦笑いだ。


「アルリ、防御壁を。姫さまを守ってくれ!」

「は、はい!」


 急いで祝詞を詠唱し始めるアルリ。二人を背中に隠して、私は再びロインと相対した。ロインも、くるりと剣を得意げに回して、それから切っ先を私に向けた。


「残念だよジルバラート。お前の悪たれ口が、もう二度と聞けないなんてな」


 ロインは言う。戦場において何度も命を助けられ、また助けてきた戦友だ。職務には忠実で、とても信頼できる相棒だった。だからこそ確信できる。この戦いで必ずどちらかは死ぬ。


「本当だな。まあ、あの世で待っていてくれ。すぐには行けそうもないが」


 こういう言葉の応酬もこれで終わりかと思うと寂しくもあるが、それが剣を収める理由にはならない。


「減らず口を!」


 だから再び私たちは剣を交わらせた。


 弾き、受け流し、また弾く。三度の剣撃では実力差も露見しないが、十も打ち合えば自ずと優劣は明らかになってくるものだ。 ロインと私では、私のほうが実力が上。模擬試合でも私が勝ち越している。だから今回も、相手を追い詰めたのは私の方だった。


 ガキィン!


 甲高い金属音が部屋に反響して、部屋は静寂に包まれる。斬り上げた剣は私の頭上。そしてその直上には折れたロインの剣の切っ先が天井に突き刺さっている。


「さよならだ」


 二十年来の親友に別れを告げる。ロインは折れた剣をぶらりと下げて、満足げな笑みを見せた。

 掲げていた剣を、そのままロインの頭上に振り下ろした。


 剣聖から受け継いだ剣が無二の親友の頭蓋を砕き、プレートメイルの襟元にぶつかって止まる。そういうつもりで剣を振るったのに、起こった現実は予定とはまったく違っていた。突如として現れた突風によって、私の太刀筋は逸らされたのだ。


 こんな室内で突風など吹くはずがない。であれば風の出処は魔法以外にありえない。しかし誰の詠唱も聞こえやしなかった。聞こえないほど小さな声か、あるいは遠距離からの介入か。それでも獣の耳を持つイヨナさまならば聞き取れるはず。しかしイヨナさまは何の警告も発しなかった。


 足元で何かが転がる音がしてとっさに視線を下げると、間近に太陽が現れたような、とてつもない光の奔流が私を包み込んだ。


 光は一瞬だったが光の残像が焼き付いてしばらく目は使い物になりそうもない。そんななか、左耳が刃の滑空する音を捉えた。私は剣を立ててあえて踏み込んだ。ロインの剣は折れているため奴の間合いも変わっている。下手に測るよりも距離を詰めて近い位置で受けたほうが確実だと判断したからだ。


 ギィン!


 ものすごい力だがなんとか受け止めることができた。しかし直後に振るわれた拳を避けることはできず、腹を突き上げられた私はあまりの衝撃に片膝をついてしまう。



 ――――皇子が見せた小さな石。



 皇子は魔法石と言ったか。それに考えが及んだ時、私はうつ伏せに組み伏せられていた。

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