終焉

 いよいよ明日か。明日が終われば使命は終わる。王を殺せば、この国は救われる。民の国。自由と平等の国。皆の理想が実現する。コックは満足げに厨房を見回した。

『アール』

 エーという名の女リーダーの声が蘇る。皆は元気にしているだろうか。戦いで傷ついていないか心配だ。

 厨房を出た時、何者かの気配…殺気を感じた。アールは身のこなしには自信がある。振り返るとすぐ横に避けた…つもりだった。しかし避けることは出来なかった。その恐ろしく速い何者かは、アールを壁に追い詰めた。アールは耳のすぐ横に短剣が振り下ろされたのを感じた。そしてそのまま沈黙が訪れた。アールは身動ぎ一つしなかった、いや出来なかった。月の光はあったものの、逆光で相手の顔は見えない。ただ細身の男性だということだけがわかった。

「ちっ」

 そして舌打ちが聞こえたかと思うと、瞬きした間に男は消えていた。アールは短剣がかすってほんの少しだけ血が出た耳を押さえながら息を吐く。

「あっぶな…」

 死ぬかと思った。

「俺は明日までは死ねない」

 アルファベットに誓って。



 出てきた料理は、何とも形容できない形をしていた。においもなかった。大きなテーブルに出された料理に王は意識して笑みを浮かべた。ワインの注がれたグラスを手に、王は周りを見回した。努めて冷静な顔をしているユユ。気になって仕方ないというようにこちらをちらちら見る大臣。すました顔のコック。蝶は…いない。

 王はコックに向かってグラスを突き出し、にっこりと微笑んだ。

「かんぱいだ」

 そして王は口にした。絶対に口にしてはいけない料理。馬鹿な者には味わえない料理。特攻隊長曰わく世界一馬鹿な王様には……それは毒でしかなかった。


「…悪くない」

 それが王の最期の言葉だった。

 薄れゆく意識の中、この国の行く先をこの目で確かめられないことだけが心残りだと王は思った。


 悪くない…それは味か、はたまた人生か。その答えを知る者は、もうこの世にはいない。



 王の心は裸ではなかった、鎧を纏っていたと言ったのは、恐ろしく速い男だったか、それとも髪の長い側近だったか。心に硬い鎧を纏い、多くの人を欺いて国を救った。そんな世界一の馬鹿でありながら、多分世界一あの料理を味わった男の話は、誰にも語り継がれなかった。何故なら男がそれを望まなかったからだ。


 いつかまたこの世に生を得ることが出来たならば、きっと王は満足げに笑うのだろう。「完勝」だと、そう言って。

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鎧の王様 逢津翠 @green4100

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