悪寒と生理現象――カクヨム異聞

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悪寒と生理現象――カクヨム異聞

 不思議な体験というと思い出すことがいくつかある。


 一つは小学生で上級生のとき。剣道教室に通っての帰り道だったが、季節は秋で日はすっかり暮れていた。帰り道を同級生と歩いていると、陸上競技場の向こうに見える小学校の体育館のカマボコ型をした丸い屋根の上で何か白い大きな布のようなものがひらひらと、まるでバック転を繰り返すように舞っていた。その動きは大きく速く、間近で見たら超高速で動いていることになる。


 なぜかそれを確かめに行こうという発想が起きなかった。結局不思議に思いながらもそのままスルーして帰ってしまった。それで何かが起きたかというと何も起こらなかった。同級生に話しても覚えていないのである。今では夢で見たのを現実と混同してしまったのかと思わなくもないが、夢というものは目が覚めたらすぐに消え去ってしまう類のもので、記憶が未だに確かなのが腑に落ちないところである。


 もう一つは小学生の修学旅行のとき。広島の宮島へ行き、現地の旅館に泊まった。それで同級生たちと雑魚寝していたのだけど、夜中に目を覚まして体を起こすと、旅館の一室とは異なる風景が見えていた。何か旧家の一室とでもいうのか、最初は土間のようなものが見えた。それから自分はどこにいるんだろうと思って箪笥に手を伸ばすと、手が箪笥を突き抜けた。今思うに、何かの記憶に触れているようなものだったのだろう。やはり自分はどこにいるんだと繰り返し思っているうちに幻影は去った。これもただの夢であるかもしれない。しかし、夢にしては記憶がはっきり残っているのである。また、この不思議な体験をしたからといって、何かが起きたということはなかった。


 小学生のときに上京して世田谷の姉の住むアパートに泊まったとき、夜寝ていて目を覚ましたのだったか、一瞬だけ坊さんの読経の声が聞こえた。幻聴だ。特に恐怖は感じなかった。これも夢とうつつが混濁したものかもしれない。


 小学生のときなので夢と現実の区別がまだ曖昧だったのかもしれない。


 中学生になったとき、こっくりさんが流行った。僕も実際に同級生とやってみたが、僕の場合、すぐにこっくりさんを怒らせてしまい、「呪う」とされたのだ。そのとき不思議なことに、こっくりさんは「ぼ」「う」「と」「く」つまり「冒涜」という言葉を使ったのだ。それは中学生当時の僕の中には無い語彙だった。とすれば相方の同級生はその難しい「冒涜」という語彙を知っていたことになる。こっくりさんは無意識が動かしているという説もあるらしいが、相方の同級生がからかったのかもしれない。実際「呪う」とされてその日は食事が喉を通らなかった。だが、結局何も起こらないままに日々は過ぎて、こっくりさんのことは忘れてしまった。


 ちなみに呪いを解く方法だけど、古代のローマの人達は樹に触れることで呪いを祓ったらしい。小学生のとき従姉が教えてくれただと、左右の人差し指の先を会わせる。そこを誰かの指で歳の数だけ切ってもらうと呪いが解かれるというものだった。なお、従姉曰く、黒猫が目の前を通り過ぎたときは不吉だが、三歩下がるといいらしい。


 大人になってからの体験だと、あるとき出張で沼津のホテルに泊まっていたときだった。夜、ベッドで寝ていると突然ぞっとした悪寒に襲われて目が覚めた。恐怖で体がびくついていたが、とりあえず灯りをともした。そうすることで何かよくないものは去るだろうと思ってのことである。しばらくして何も起きないので、再び灯りを消して眠った。これもそれ以上何かが起きたということはなかった。


 ホテルでチェックアウトするときに「あの~、あの部屋って何かいわくつきのですか?」とでも聴いておけばよかったかもしれない。真面目に答えてくれるとは思えないが。今なら、壁に飾られた画の裏にお札のようなものが貼られていないか確かめでもするのだが、そのときはそういう発想が無かった。


 それから後に福岡のとあるホテルで何泊かした。後で聴いたところによると、そのホテルでは火災事故で亡くなった方がいたとのことだったが、そのホテルでは何も起きなかった。


 順序は入替るが、阪神大震災のときもぞっとした悪寒で目が覚めた。これは初動の強烈な縦揺れに驚いたものだろう。なぜか「これは悪魔の仕業だ」と不意に思いが浮かんできた。恐怖で揺れが止まるまで起き上がれなかった。震度四強だったが、ちょうど引っ越しを控えていて、荷物をまとめていたので、大きな被害はなかった。その後、出社してその日は仕事にならずテレビ中継をぼーっと見ていたことを思い出す。夜が明けて被害の実情が分かってきた。死者の数が刻一刻と増えていくのだった。


 結局、悪寒に襲われるときに共通しているのは布団から足がはみ出しているということだった。肌寒さが悪寒につながったのだろう。実は生理的な現象という側面が強いらしい。カクヨム異聞集には全くもってふさわしくないが。


 ついでに義兄の話をしよう。義兄のお父さんはバイクに乗っていて、乗用車の開いたドアに衝突して亡くなった。不運な事故である。その何年か後、義兄の妹さんが姪御さん二人を連れて彼女らにとってはお爺さんに当たる人物が亡くなった場所に差し掛かった際、姪御さん達――当時は幼かった――が突然「バイバーイ」と言ったのだそうである。誰もいないはずの場所で。


 最後に怖い話ではないが、不思議な話をしよう。もう10年前にもなるか、実家のある市での殺人事件を報じたニュースを目にした。そのとき殺害された被害者の名前に引っかかるものがあった。小学校から高校まで一緒の同級生だったのである。彼は地元で消防士をしていたが、近隣の精神を病んだ男に刺されてしまったのだという。実は自分の実家のある町内での出来事だったのだが、狙われたのは彼の子供で、子供をかばって刺されてしまったらしい。話によると眼球を刺されたとかで、それは無残なものだったらしい。


 そんな事件があってから数年後のこと。ちょうどお彼岸の時期だった。夢を見た。夢の中で少年の彼は引っ越しするから手伝って欲しいと言ってきた。僕は曖昧に言葉を濁した。夢だけど、やがて意識が戻って来る。気づいた僕は彼を探した。君の子供さんは無事だったよと伝えたかった。だが、そんなこんなで夢は覚めてしまった。もちろんこれは彼の死を知っての夢なのだが、彼はようやく彼岸に旅立つのだろうか、と思ったことを憶えている。


 特に親しい訳でもなかったのだけど、大人の彼を知らない僕の中で彼は少年のままなのである。


 いくつか不思議な体験を書いてみたが、その後、特に何も起きていないのである。しかし、これまでは僕の中に留めておいたことをこうして発表することで、何かが起きるかもしれないなという気もしないでもないのである。何もないことを祈る。

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