頂上決戦(後)

     ◆


 戦闘開始から十分近く経過してもなお、目まぐるしい攻防が続いていたが、刻々こくこくと追いつめられていることを、ジェネラルは自覚していた。


 辺境伯マーグレイヴが中央広場というフィールドを縦横じゅうおう無尽むじんにかけ回るのに対し、『防壁ぼうへき』を用いた戦法はことごとく裏目うらめに出た。


 第一に、労力ろうりょくをかけて作ったからには有効活用しなければならないが、『防壁』に張りついて戦い続けると、周辺のエーテルを消耗しょうもうさせてしまう。


 一方の辺境伯はエーテルの豊富な場所への移動が自由自在。さらに、背後ならまだしも、左右に回られると防御範囲が極端きょくたんにせまくなる欠点もあった。


 また、『防壁』は向かい側の視界はきくが、周辺をクルクルと移動すると、光の屈折くっせつによって錯覚さっかくを生みだした。それを見ぬかれ、逆に利用される始末だった。


 移動に制限があり、自陣が厳密げんみつに定められている試合形式なら、それらは絶対に起こらない事態だ。


 戦法を根本こんぽんから変えるべきと頭ではわかっている。けれど、体が無意識に反応してしまった。体にしみついたそれはいかんともしがたかった。


 ジェネラルがたった一つ見つけた突破口とっぱこうと言えば、フィールドをかけ回る相手が、息切れするのを待つくらいだ。


 しかし、辺境伯は肩で息をしていたが、まだすずしい顔をしている。そして、時おり笑顔をうかべる余裕すらあった。


(戦いを楽しんでいるのは向こうも同じか)


 そう思いながらも、劣勢れっせいを意識していたジェネラルは苦笑するしかない。


 魔法の技術のみに関すれば、二人の実力は甲乙こうおつつけがたいが、予防線の『吹雪ふぶき』が足を引っぱっていることもあり、ジェネラルは有効打を放てていない。


 そこで、やむなく決断した。リスク承知で『吹雪』をストップし、大打撃による一発逆転をねらい、『氷柱つらら』一本にしぼった。


 しかし、『突風とっぷう』と組み合わせて不規則ふきそくな動きを演出えんしゅつしても、『氷柱』のスピードでは、足を止めない辺境伯をとらえられなかった。


 しまいにはそれがあだとなり、相手の『電撃でんげき』がジェネラルの左腕をかすめた。大事にはいたらなかったが、左腕ににぶい痛みと、ピリピリとした感触を残した。


 負傷してからは防戦ぼうせん一方いっぽうとなった。軽微けいびな『電撃』を何度も受けるようになり、それは随所ずいしょにしびれをもたらした。しだいに、体が思うように動かなくなった。


 そして、大門おおもん決壊けっかいと時を同じくして、ついに決着の時を迎えた。その引き金を引いたのはジェネラル自身。


 このまま無為むい無策むさくに戦闘を長引ながびかせれば、確実に敗北する。その思いが、ジェネラルを最後のけにかり立てたのだ。


 細い『氷柱』ではさみ撃ちにしながら、『防壁』の左右に回られないように牽制けんせいする。そして、敵に勘づかれないよう、その陰で巨大な『氷柱』を形成した。


(何かたくらんでいるな)


 辺境伯は接近戦を誘っていることに気づくも、あえてそれに乗った。ジェネラルに向かって一直線に突き進み、裏をかくように五メートル手前で方向転換した。


 ジェネラルの最後の賭け――『防壁』を突きやぶった『氷柱』が猛スピードで辺境伯に襲いかかる。


 辺境伯はきょをつかれながらも、とぎすまされた反射神経で、とっさに体をひねった。胸当てをかすめた『氷柱』は衣服を引きちぎった上に、右腕をはじき飛ばした。


 かん高い金属音が辺りにひびく。しかし、衝突したのは小手こての部分で直撃でもなかった。さらに、辺境伯は転倒てんとうを待たずに、『防壁』の穴から顔をのぞかせたジェネラル目がけ、曲芸きょくげいばりに『電撃』を放った。


 それを至近しきん距離でくらったジェネラルは、さけび声を上げながらその場に倒れた。何とか上体じょうたいを起こしたが、痙攣けいれんした足に力が入らず、立ち上がることもままならない。


 辺境伯の接近に気づき、最後の力を振りしぼったが、足がもつれて前のめりに倒れかけ、偶然にも、相手に抱き止められるかたちになった。


 うす目を開けたジェネラルは失神しっしん寸前すんぜん。意識は気力でたもっている状態で、自身の体は相手にゆだねるしかなかった。


 辺境伯は相手の胸ぐらをつかんで、軽々と体を持ち上げた。そして、勝ちほこりながら、この国へのうらみつらみをぶつけるように語りかけた。


「負けるわけがないんだ。ゆりかごでまどろんでいただけのお前には」


 ジェネラルの朦朧もうろうとした意識では、その言葉を理解することもかなわない。


「辺境伯、やめてください!」


 中央広場に大声がひびき渡った。顔をそちらへ向けると、辺境伯はなつかしさでほおをゆるませた。


 声のぬしは手元で電光をひらめかせたヒューゴ。彼は辺境伯出現の一報を聞きつけ、やっとこの居場所をつき止めた。


「俺にかまうな! 俺ごと攻撃しろ!」


 ジェネラルの最後の抵抗だった。しかし、ヒューゴは攻撃にふみ切れなかった。


 ジェネラルを巻き込むことだけではない。同じ〈雷の家系ライトニング〉の辺境伯は、ヒューゴにとってお手本てほんであり、目標であり、兄のような存在でもあった。


 正気に戻ってほしい。無実を信じ続けた積年せきねんの思いを、ヒューゴはまなざしにこめた。


 けれど、辺境伯は意にかいさない。意味深な笑みをうかべた瞬間、ジェネラルと共に忽然こつぜんと消えた。ヒューゴはあ然と中央広場を見回して、二人の姿をさがした。


「こいつは借りて行くぞ」


 すぐ後ろで、忘れもしないなつかしい声がした。しかし、振り返った時には辺境伯の姿はどこにもなかった。

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