真夜中のトリックスター

大門決壊

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　その頃、大門（おおもん）付近では対ゴーレム部隊の主要メンバーが集まり、ジェネラル不在（ふざい）のまま、次のゴーレムを市街へ入れるかどうかで、議論が行われていた。

「さっきのは俺たちだけでも問題なかったからな」

「そうね」

　さっきのゴーレム――辺境伯（マーグレイヴ）に失神（しっしん）させられた一体は、二人が姿を消した数十秒後に活動を再開したが、難（なん）なくしとめることができた。

　ジェネラルは作戦の指揮に当たっていたが、直接戦闘で果たした役割は言うほど大きくない。ぬけた穴が大きくとも、残りのメンバーで対応できるという意見が大勢（たいせい）だった。

「俺たちだけで、やれるだけのことをしよう」

　敵が新たな戦法に打って出た場合に不安が残るとはいえ、ジェネラルが戻るまで何もしないのは情けない。メンバーたちが視線をかわしながら決意をかため、自分の持ち場へ戻ろうとした――矢先だった。

「内門（うちもん）が上がっています！」

　ふいに声が上がり、メンバー全員の目が大門へ注がれた。内門が音を立てて、ゆっくりと上昇を始めている。

　突然のことで、メンバーたちは困惑した表情で顔を見合わせた。おとり役の魔導士も話し合いの輪に加わっていて、まだスタンバイしていない。

「まだ指示は出していないよな？」

「おい！　まだ内門を上げるな！」

　城壁塔の窓のそばに立ち、昇降（しょうこう）の指示を出していた男もそれに気づいた。中に向かって、何度かさけんでいたが、内門の上昇は止まる気配を見せない。

　やがて、指示役の姿が窓のそばから消えた。異変に気づいたメンバーの数人が大門のほうへ走りだした。

　しかし、運悪く一体のゴーレムが市街へ侵入してきた。メンバーたちはあわてて左右に散った。

「岩の巨人は俺たちがどうにかする！　そっちは城壁塔の様子を見てきてくれ！」

　　　　　◆

「おい、何やってるんだ！　内門を下ろせ！」

　内門の昇降は城壁塔の最上階で行われている。指示役がそこへ続く細い階段のもとまで行くと、ちょうど男が部屋から飛びだしてきた。

「助けてくれ！　敵だ！」

　指示役は階段をかけ上がった。警戒しながら部屋の中へふみ込むと、昇降機のかげから、投げだされた両足がのぞいていた。

　室内に他の人影（ひとかげ）はない。のぞいていた両足は魔導士ではなく守衛（しゅえい）のものに見えた。近くまで行くと、やはりうつ伏せに倒れていたのは守衛で、脇腹の辺りから血が流れ出ている。

「おい、大丈夫か!?」

　声をかけても反応がない。指示役はせわしなく左右を見回したり、天井（てんじょう）を見上げたりしたが、敵らしき姿はなかった。

　その時、助けを呼んだ男がソっと扉を閉め、かんぬきをかけた。さらに、近くの棚を扉の前へ移動させ始めた。倒れた男に気を取られていた指示役が、男の不審（ふしん）な行動に気づいた。

「……何をしているんだ？」

　助けを呼んだ男は微笑をうかべ、真顔（まがお）で倒れていた男を指さした。

「それより、そいつの顔を確認してくれないか？」

　男の言動をあやしみながらも、指示役は倒れていた男の体をひっくり返した。その顔を見た瞬間、指示役は目を見張ったまま、微動だにしなくなった。

　倒れていた男と助けを呼んだ男は、全く同じ顔だった。

　助けを呼んだ男――守衛に『扮装（ふんそう）』したスプーが、背後から音もなく忍び寄る。気が動転していた指示役の首に両腕を回した。

　ひとしきりしめ上げた後、懐（ふところ）から取りだしたナイフでとどめをさした。倒れていた男の上へおおいかぶさるように、指示役はくずれ落ちた。

（人間などもろいものだな）

　足もとに横たわる二人の死体に、スプーは眉（まゆ）一つ動かさない。何か手ぬかりはないかと、無感動の目を部屋の中へめぐらした。

　その時、ドカドカと階段をかけ上がる音が複数聞こえてきた。

「何をしているんだ！　早く内門を下ろせ！」

　怒号（どごう）と共にドンドンと扉をたたく音が部屋にひびく。やがて、それは体当たりの音へ変わった。

「ダメです！　開きません！」

「おい！　ここを開けろ！」

（二人も手にかけたのだから、もう少し時間をかせぎたかったな）

　いまいましげに扉へ視線を送った後、スプーは脱出できる場所を探した。

　扉以外の出入口は市街の外側に開いた銃眼（じゅうがん）と、大門内の滑車（かっしゃ）へのびる鎖（くさり）が通る穴。両方とも人間の出入（でい）りは到底（とうてい）不可能な大きさだ。

　しかし、スプーにあせりの色はない。なぜなら、今朝乗りかえたばかりの使い捨ての『器（うつわ）』でここまで来たからだ。

　スプーの本体が『器』の口から、のそのそとはい出た。そして、黒いマリモのような本体から触手（しょくしゅ）をのばし、四本の足でトコトコと銃眼のほうへ向かった。

　そこから外へ出ると、触手を目いっぱいにのばし、それを外壁の溝（みぞ）へ器用（きよう）にかけながら、城壁塔をのぼっていく。

　てっぺんから市街を見下ろすと、ゴーレムがせきを切ったように市街へ乱入（らんにゅう）していた。その光景を見たスプーは、満足げに巨大な単眼（たんがん）を細めた。

　ゴーレムを市街へ入れまいと、魔導士たちは必死の抵抗を試みたが、結果的にそれはゴーレムを呼び込むだけとなった。

「大門を突破されたぞー！」

　魔導士が大声を張り上げ、中央通りを走り去っていく。

　大門前の防衛線（ぼうえいせん）はあっけなく決壊（けっかい）。大半の魔導士が持ち場を離れ、クモの子を散らすように逃げていた。