頂上決戦(中)

     ◆


 普段ふだんなら多くの人出ひとででにぎわう中央広場も、今はゴーストタウンのように人っ子一人いない。レイヴンズヒルのランドマークたる記念碑をはさみ、円形のフィールドで両雄りょうゆう対峙たいじした。


『もしお前に勝ったら、俺をジェネラルにって話がどうしても出てくるだろ。俺は大自然の中で、ゾンビとたわむれているほうがしょうに合っているんだよ』


 ジェネラルとの試合をこばみ続けた辺境伯マーグレイヴが、かつて口にした言いわけだ。これを逃げ口上こうじょうと断ぜられたら、どれだけ気が楽だったろうか。


 一度はついえた夢だった。自身を超越ちょうえつしているかもしれない男との直接対決――夢にまで見た頂上決戦が、とうとう現実のものとなった。


 ジェネラルの体はふるえていた。それは怒りでなく、喜びによってだ。部隊の仲間たちが、今もなお命がけで戦っている。一刻いっこくも早く、この勝負を片づけなければならない。


 それにも関わらず、胸をおどらせている自分に気がついた。我を忘れるほどの戦いへの渇望かつぼう――勝利への欲求が、これほどまでに自身のうちに眠っていたとは――。


 ジェネラルは自身にあきれながらも、思わず笑みをこぼした。


「ずいぶん、うれしそうじゃないか」


 ジェネラルは胸のうちを見すかされ、気を引きしめ直した。断じて敗北は許されない。かつての仲間をあらためさせるには勝利しかない。そうきもめいじた。


「言い忘れていたが、俺が勝ったら『根源の指輪ルーツ』をもらい受けるぞ」


「念のため、『根源の指輪ルーツ』を欲する理由を聞いておこうか」


「この国を夢から目覚めさせるため」


「笑わせるな。ライオネル、目を覚ますのはお前のほうだ!」


 ジェネラルが語気ごきを強めて言い放った。


     ◆


 魔法の試合をした頂上決戦が、今始まりを告げた。先手を奪ったのはジェネラルだ。


 『吹雪ふぶき』がまたたく間に巻き起こった。それは相手の魔法発動を抑制よくせいすることに加え、攻撃も相殺そうさいすることができる。言わば、うすいシールドの役割を果たす。


 無論、自身の魔法も影響を受けるが、払わなければならない代償だいしょうだ。攻撃スピードが速い『電撃でんげき』は、発動されてから対処たいしょしていては手遅れとなる。


 辺境伯の得意戦法は速攻そっこうに次ぐ速攻。相手に反撃のすきすら与えないのが持ち味だ。一瞬の油断が命取りになることを、ジェネラルは痛いほど知っていた。


 『電撃』の攻撃力は『氷柱つらら』と同等。しかも、発現には『氷柱』ほど時間はかからず、スピードも段違だんちがい。氷の魔法は攻撃面で圧倒的におとっている。


 反面、防御面ではがある。『電撃』では氷の『防壁ぼうへき』をやぶることはできないし、『氷柱』を完全に防ぐことも難しい。


 ジェネラルは小さな『氷柱』で牽制けんせいしながら、自身の前方へ『防壁』を築き上げていく。正面きっての攻撃の応酬おうしゅうでは勝ち目がない。


 ただ、『吹雪』と『氷柱』を併行へいこうして発動しているため、形成速度はゆるやかだ。牽制として放った『氷柱』も、『電撃』でたやすく崩壊させられていく。


 辺境伯が天才的にけているのは、魔法発動を阻害そがいする技術。相手の魔法へピンポイントに同等のものをぶつけ、異なる属性同士で相殺させる。


 それは相手が魔法を発動できないと錯覚さっかくするほどで、辺境伯はエーテルの流れを読め、それをあやつることができると、まことしやかに噂された。


 その先読みはまるで予知よちに等しく、動物的な卓越たくえつした嗅覚きゅうかくがなせるわざだった。


 彼は一度伝説を作った。それはジェネラルを凌駕りょうがすると評判が立つキッカケとなった試合。序列じょれつつきの実力者を相手にしながら、彼はただの一度も魔法らしい魔法を発動させずに勝利したのだ。


 『吹雪』と『氷柱』の片手間かたてまとはいえ、『防壁』の形成がなかなか進まない。あまりに時間がかかりすぎていた。相手の魔法が干渉かんしょうしているとしても、常識をはるかに超えている。


 通常、魔法発動は手元に近ければ近いほど有利だ。その距離の差をくつがえすほど実力に開きがあると、ジェネラルは認めたくなかった。


 『防壁』の形成にかまけるジェネラルを見て、辺境伯は一気に距離をつめた。そして、まだ窓ガラスほどの厚さの『防壁』を、あろうことかコブシで打ち割った。


 予想外の行動に意表いひょうをつかれ、ジェネラルは棒立ぼうだちとなった。最初にのびてきた右腕は振りはらえた。しかし、すかさずふところにもぐり込んできた相手に対応できず、あざやかに背負い投げをされた。


 ジェネラルは地面をころがる勢いで起き上がり、『水竜すいりゅう』を放って相手との間合いをとった。辺境伯は追撃を行わず、落胆らくたんした様子で相手を見すえた。


「ジェネラル。お前、勘違いしているんじゃないか。能力は使わないと言ったが、魔法しか使わないとは一言も言っていないぞ」


 認めざるを得なかった。長年試合というぬるま湯につかった結果、戦い方が体にこびりついていた。


「これは試合ごっこじゃない。引き分けも場外負けもない、本気の戦いだ」


 〈外の世界〉において、辺境伯は生死せいしをかけた戦場に身を置き続けた。ジェネラルですら萎縮いしゅくするほどの、血にえた戦士の目をしていた。


「お前も思い違いするな。おどせば、俺がおじづくとでも思ったか」


 ふとジェネラルは思いだす。この国が『転覆てんぷく』する前――人狼じんろう族との大戦争の最中さなかには、自分もこんな目をしていたと。

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