伝承の矛盾(前)

     ◇


 ジェネラルの部隊が岩の巨人と戦闘を始めてから、僕は建物の屋根をつたいながら、眼下がんかでくり広げられる戦闘に目を光らせた。


 もちろん、戦闘に加勢かせいしたい気持ちはある。ハラハラと見入ってしまい、気を取られている時間が長くなった。


 ただ、自分はあまり役立てそうにない。重力を軽減けいげんして『突風とっぷう』を起こせば、岩の巨人を川へ突き落とせるだろう。


 けれど、吹き飛ばされるのは自身も同じ。むしろ、能力の有効範囲から永遠にはずれない自分のほうが、被害は大きくなる。もし背後に敵や壁が存在すれば大惨事だいさんじだ。


 なので、自身にしか果たせない役目に集中すると決めた。能力を駆使くしした敵の妨害ぼうがい工作を、未然みぜん阻止そししなければならない。


 たまに大門おおもんの様子を見に戻ったり、頂上へ飛び乗って、外を見渡したりもした。しかし、敵は一向いっこうに姿を現さない。


 すでに五体の岩の巨人がしとめられた。仲間の部隊は敵を手玉てだまに取っている。戦場は完全にジェネラルがコントロールしていた。


 怖いくらいに順調で、逆に胸騒むなさわぎがした。敵はあまりに無計画で戦略らしい戦略がない。岩の巨人はおとりにすぎず、別方面からレイヴン城をめざしているのでは。そんな不安が胸に広がった。


 もう一度、大門の頂上から外の様子を見渡した。さっきと状況に変化はない。ここに来ていないはずがないのに見つからない。やはりおかしい。


     ◇


 市街に目を走らせながら、レイヴン城へ向かった。市街にも変わった様子は見られない。今度は正門の頂上から城内を見渡したけど、数人の魔導士が渡り廊下を行きかっているだけだ。


『スージー。ウォルターだけど、まだ敵は見つかっていない』


『わかりました』


『コートニーから連絡は?』


『変わりなしという連絡なら、さっきありましたよ』


 便たよりがなければ無事というわけではない。十五分程度をめどに、報告することがなくともスージーへ連絡を入れると、あらかじめ申し合わせていた。


『レイヴン城のほうはどう?』


『この部屋から見える範囲は平和そのものです。あと、学長がくちょうは今会議中です』


 スージーはパトリックやロイと一緒に宮殿へ行き、議場ぎじょう近くの部屋にいるそうだ。


 念のため、自分の足で確認した。しかし、東棟ひがしとう西棟にしとうもいたって平穏へいおんだった。


 中庭に面した窓から、不安げに顔をのぞかせる人がいる一方、中庭で日なたぼっこしたり、走り回る子供もいる。城壁の外で戦闘が行われているとは思えないほど、のどかな雰囲気だ。


(何かあれば、スージーから連絡があるか)


 結局、大門方面へ戻ることにした。


     ◇


 中央地区の大通りは沿道えんどうに四、五階建ての建造物けんぞうぶつちならぶ。大門から離れたこの辺りの住人は、人数制限の関係で、城内への避難ひなんが許されず、上層階の窓には人影が見える。


 ふと足を止め、はるか遠くまで見通せる大通りへ目を移した。この非常事態に外を出歩であるく、命知らずの姿はない――かと思いきや、一人だけいた。


 しかも、服装的に魔導士でも役人でもなく、格好は街の人たちに近い。めずらしい服装ではないけど、目を引くほどあかぬけていた。


 男は落ち着いた足どりで、ものめずらしげに辺りを見回している。ブラブラと歩く様子は、まるで散歩をするかのようで、観光客のようにも見えた。


 不審に思わないわけがない。屋根から下りて、路地ろじから男の様子をうかがう。たった今、脇道から出てきた二人組の魔導士が、男のそばを通りかかった。


 すると、男のほうは二人組に視線を送ったけど、相手のほうはわずかな関心もしめすことなく行き違った。


 心臓が波打なみうった。まちがいない。能力者だ。


 路地から歩み出て、さりげなく男のほうへ向かう。そして、存在に気づいていないフリをしながら、すれ違いざまに横目で見た。


 同年代で独特どくとくの雰囲気がある男は、鼻歌まじりに近くの建物を見上げていた。すれ違ってから数歩進んだところで立ち止まり、ソっと後ろを振り向く。


 すると、大通りから男の姿が消えていた。キョロキョロと見失った相手をさがしていると、頭上ずじょうから声が上がった。


「僕の姿が見えているってことは、君がトリックスターかい?」


 そばの建物をあおぎ見ると、男が煙突の上に悠然ゆうぜんとたたずんでいた。


「ヒプノティストじゃないだろ? 彼は身長がかなり低いと聞いているし」


「お前が敵の能力者か」


「そうだ。エドワードという名前もあるけど、君らにはトランスポーターと名乗ったほうがわかりやすいかな」


「お前が……」


 こいつがあのトランスポーター。何か、不思議な感覚だ。拍子ぬけというか、体から力がぬけていく。想像していた以上に普通で、これまでの敵とまるで違う。


 となりの建物の屋根へ飛び乗って、ただちに臨戦りんせい態勢たいせいに入った。ところが、トランスポーターはおどけるように両手をあげた。


「そう、あせらないでくれ。僕は君と戦いに来たわけじゃない」


 確かに、さっきの街を歩いている様子にしても、相手からは敵意も戦意も感じない。今もおだやかな表情で、どこか観察するようなまなざしを向けている。


「敵としてではなく、君と手を結ぶためにここへ来た。この無益な戦いに終止符を打つためにね。とにかく、話を聞いてくれないかな?」


 その言葉をに受けたわけではないけど、かまえた右手を下ろし、話を聞く姿勢に入った。

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