対抗戦開幕(後)

     ◇


「よお、ウォルター。今日の調子はどうだ?」


 ふいに現れたスコットが肩に腕を回してきた。初めての試合の時と同様、スコットにはバックアップを頼んである。


「やっほー」


 それに続いて、クレアも姿を見せた。


「クレアは対抗戦に出るの?」


「ううん、今回はパス」


「めずらしいな」


「個人的には出たかったんだけど、誰からも試合を申し込まれなかったから。序列じょれつの離れた相手に、自分から申し込むのは気が引けるし」


 隔月かくげつで行われる公式試合には、年に二回出場すればオーケーだけど、クレアは相手が見つかれば、必ず出場する方針らしい。


「ジェネラルの相手のギル・プレスコットって、聞いたことない名前だな」


士官しかんの地位にあるようですが、序列がつく成績は残せていないようです」


 早とちりだった。とはいえ、自分もつい先日ジェネラルの口利くちききで士官に昇格した身だ。もちろん、序列はついていない。それがつくのは、上位五十名にかぎられ、あとはおおまかに分けられているだけらしい。


「明らかにミスマッチじゃないか。事務局は何を考えてるんだ?」


「そうじゃないみたいよ」


 クレアが横から口をはさんだ。


「ジェネラルから聞いたんだけど、相手から希望してきたそうよ。ジェネラルに試合を申し込むのなんて私ぐらいなものでしょ? だから、すんなり決まったみたい」


 最近のジェネラルは敵なしの状態で、負けるとわかっている相手に、あえて試合を挑む人間はパッタリいなくなったそうだ。


「自分でそれを言うか。まあ、段階をふむべきだと思うが、挑戦すること自体は悪くないよな。俺も一度ジェネラルに試合を申し込んでみようかな」


 ジェネラルの話題にきょうじていると、偶然にも本人が姿を現した。


 にわかに、会場がさわがしくなる。注目を一身いっしんに集めながら、こちらへ歩み寄ってくる。そして、あろうことか、僕の前で立ち止まった。


「今日の試合、楽しみにしているよ」


「はい。ジェネラルもがんばってください」


 圧倒的なオーラに当てられ、自然と背筋がのびた。ジェネラルはかすかに顔をほころばせてから立ち去った。


「よし、ウォルター。やってやろうじゃないか。今日から俺達の伝説が始まるんだ」


「私と戦うまでは負けないでよね」


 期待が重い。いよいよ、負けるに負けられない状況になってきた。勝って当たり前という雰囲気だけど、相手が序列九位のトレイシーだということを、みんな忘れていないだろうか。


     ◇


「時間があるようなら、先に城を見て回りたいな」


「そうです、お城を見学しましょう!」


 第一試合が始まるまでに三十分、ジェネラルの試合が始まるのは、そこからさらに二時間半。他の人の試合にも興味はあるけど、先にロイやスージーとの約束を果たすことにした。


 試合会場の外も人が多い。普段なら絶対に見かけない中高年の夫婦を頻繁ひんぱんに見かけ、先日のベレスフォード卿が開いたパーティーと雰囲気がよく似ていた。


 それもそのはず、今夜宮殿きゅうでん大会堂だいかいどうで、各地の貴族を集めた歓迎会が行われるらしい。その出席者にとって、対抗戦は余興よきょうの一つと言えるかもしれない。


 僕とコートニーのオフィスが入る東棟ひがしとうは、西棟にしとうとウリ二つの外観で、岩のかたまりを整形した感じの武骨ぶこつな建物。見ても感動がないし、今日は立ち入りが制限されている。


「正面に見えるのが宮殿です」


 正門から宮殿の大扉おおとびらまで一直線にのびる石畳いしだたみは、ほれぼれする壮観。だけど、特に用事がないので、ここを通って正門をくぐりぬけたことは、いまだに一度もない。


 東棟や西棟と違って、宮殿は華やかの一言。複雑な左右対称の設計と美しい白い壁が印象的だ。こちらの世界ではめずらしく、窓にガラスが使われ、それが太陽光を反射して光り輝いて見える。


「入れるんですか?」


「どうなんだろう」


 正面の大扉は開いている。大会堂の中をのぞくと、観光客のような見物人が結構いた。ただ、偉そうな貴族の人達ばかりだったので、中に入るのは遠慮した。


「大きな塔ですねー」


 スージーがそびえる〈とま〉を見上げながら言った。


 塔の高さは百メートルを優にこえ、宮殿の中央からつき出ている。頂上付近ははっきり見えないけど、数メートルおきに小さな窓があるのは確認できる。


「無駄にデカいけど、時計塔じゃないよな。防衛の役にも立たなさそうだし、何のために存在しているのかわからないな。実は日時計ひどけいの役目を果たすとか、影の長さで季節がわかるとか、そんな感じか?」


学長がくちょうが言ってましたけど、てっぺん付近の部屋に、巫女みこがのこした何とかっていう神器じんぎがまつられているそうです」


「私も聞いたことある」


 コートニーが言った。ロイの顔つきが変わった。


「よし、じゃあ行ってみるか」


「たぶん、入れませんよ。カギがかかっているそうですし」


「カギ開けの達人がここにいるじゃないか」


「普通のカギじゃないみたいです。ジェネラルが持っている何とかっていう指輪がキーになっていて、それも神器の一つだそうです」


「マンガとかゲームの話みたいですね」


 スージーが感想を述べた。


「ほとんどうろ覚えじゃないか。君は言うほど巫女に興味がないのか?」


「いや、何か関わってはいけない雰囲気があるんですよ」


 ロイがあきらめきれない様子で〈止り木〉を見上げた。


 それから、一時間ほど城内を散策さんさくしてから試合会場に戻った。

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