対抗戦

対抗戦開幕(前)

     ◇


 ひと息つくヒマもなく、カーニバルの日がやってきた。いよいよ『パスタ作戦』の総仕上そうしあげを行う日だ。


 あんな事件があった後だし、パスタ料理を作っている場合かとも考えた。けれど、すでに大量の乾燥パスタを用意していたし、一ヶ月近く取り組んでいたことなので、予定通り実行に移した。


 東地区と東南地区をへだてる大通りの沿道えんどうで、料理を提供するかたわら、実演じつえん販売を試みた。自分も裏方うらかたとして手伝った。


 カーニバルが想像以上の人出ひとでだったことと、乾燥パスタの目新めあたらしさが相まって、用意した分が三時間も持たずに完売してしまい、息をのむほどの収益しゅうえきを上げた。


 まあ、乾燥パスタの販売や生産にかかる人件費がゼロで、原材料の小麦もアシュリーからお友達価格で提供してもらったから、純粋な利益とは言えないけど。


「ウォルター、決めたぞ。パスタ王に、俺はなる」


 ロイがそんなことを言いだすくらいの大成功に終わった。しかも、早々に完売したおかげで、ダイアンやみんなとカーニバルを満喫まんきつでき、心残りのない一日となった。


 そんなわけで、カーニバル自体は何事もなく終了した。


 一方、例の問題は、ベレスフォード卿周辺に目立った動きがなく、全く進展しんてんを見せていない。ただ、デリック・ソーン以外にも、ハンプトン商会から数名の行方不明者が出ているという話だ。


 そのハンプトン商会は南部の港街みなとまちサウスポートに拠点きょてんを置いている。そこへ侵入者対策室のメンバーが派遣はけんされ、現在は彼らからの報告を待っている状態だ。


「ベレスフォード卿とハンプトン商会は、切り分けて考えるべきかもしれません」


 パトリックはそんな予測を立てていた。どちらにせよ、メイフィールドの開発計画を主導しゅどうしていたのはハンプトン商会だ。計画がたち消えになることに疑いの余地よちはない。


 ずっと僕らの前に立ちはだかっていた問題が、ようやく解決を見た。ただ、数多あまたの能力を持つ〈侵入者〉という、新たな問題が浮上ふじょうしたのも事実。


「ウォルターにはいずれサウスポートへ行ってもらうことになるかもしれません」


 パトリックからそう言われている。例の女には遺恨いこんがある。自ら進んで引き受けたいくらいだ。


     ◇


 そんな状況の中、対抗戦の当日を迎えた。対抗戦は城塞守備隊キャッスルガード辺境守備隊ボーダーガードの交流を目的とした伝統行事だ。


 例年、三十試合程度が一日がかりでとり行われる。また、異なる組織に属する魔導士同士の試合が組まれるため、自然と組織の沽券こけんにかかわる戦いとなる。


 対抗戦が始まる以前は、長距離の移動をともなうため、基本的に同地域の魔導士同士で試合が組まれていた。時がたつにつれ、内輪うちわによるなれ合いが多くなり、地域間の実力差も目立ってきた。


 そこで、魔法技術の向上こうじょうという本来の理念に立ち返り、地域間の交流を活発にするという趣旨しゅしのもと、対抗戦は企画きかくされた。


 カーニバルにあわせて開催されることもあって、ついでに観戦する地方の貴族が大挙たいきょして押しかけ、注目度はケタ違いだそうだ。


 肝心かんじんの試合は『風』一本でのぞむことに決めた。結局、魔法の連携は思うようにいかず、腹をくくるしかなかった。


 対抗戦までの間、連日れんじつスコットが特訓に付き合ってくれた。『氷』と『水』の使い手がどんな技を使い、どんな戦法を取るのか、対策まで含めてレクチャーしてくれた。


「チーフを絶対に見返してやる」


 スコット自身は対抗戦に出場しないものの、特訓には熱が入っていた。中身は濃いものとなり、自分で実感できるほどの上達があった。


 トレイシーは『氷』と『水』を用いるので、やっぱり『火』にしぼったほうが良かったかな、と思わなくもなかったけど、おかげでスコットの全面的な協力を得られたから、良しとしよう。


     ◇


 試合会場となるのは西棟にしとうの中庭。ユニバーシティの一員となった当日に、ここでデビッドと試合をしたことが、ずいぶん昔のことに思える。


 フィールドの両サイドには大量の長イスが配置されている。まだ試合開始まで時間があるのに、中庭に面した建物の窓から、すでに大勢の観客が顔をのぞかせていた。


 普段は城内に入れない人でも、関係者がいれば、今日は特例とくれいで入ることができるため、城内は人でごった返している。


 そんなわけで、今日はロイとスージーが応援に来ている。初めて城に足をふみ入れた二人のために、あとで城内を案内する予定だ。


 会場脇の回廊かいろうに掲示板があり、そこに試合の予定表がはり出されていた。パトリックやみんなと一緒にそれをながめた。


「ウォルターの試合は十八番目です。おそらく、二時半頃になるでしょう」


「一試合はどれくらいかかるんですか?」


「おおよそ十分程度です。十五分以上かかった場合は、立会人たちあいにんが勝敗を判定します。たいてい、試合終了時の立ち位置で決まり、要はセンターラインに近いほうが勝ちです」


「賞金は出るんですか?」


「賞金は出ません。ただ、出場手当てあてが出ます」


 今のを聞いたのはロイです。隣りのコートニーが小さな声で尋ねてきた。


「トレイシーとはもう会ったの?」


「会ってません」


 まだトレイシーと一度も顔を合わせていない。もう会場に来ているのだろうか。前に、連絡が取れないという話を耳にしたけど、どうなったのだろう。


 ひと目会いたいけど、試合前に対戦相手と和気あいあいとするのを嫌がる人もいるだろう。


「三試合前にジェネラルの試合が組まれてるので、彼の戦いぶりをしっかり目に焼きつけてください。相手はウォルターも知っている方です」


 予定表に試合のリストがズラリとならぶ。中央付近に自身の名を発見した。その三行上に目を移す。ジェネラルの本名は忘れたものの、片方が見知った名前だったので、おのずと特定できた。


 ジェネラルの対戦相手は、魔導士失踪事件の際に行動を共にした、あのギルだった。少し前に、レイヴン城で顔を合わせたのを思いだす。ギルがジェネラルと対戦するような実力の持ち主とは知らなかった。

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