ジェネラルVSギル(前)

     ◇


 対抗戦は定刻ていこくの午前十一時半に幕を開けた――けど、僕らはその時におらず、第六試合から観戦した。


 出場者の応援のために来ている人が多く、観衆の入れかわりが激しい。その人数で実力や注目度が何となくわかる。


 対抗戦の出場者はほぼ実力者。その両者が本気であいまみえる実戦だから、吸収できるものはないか、かてとなるものはないかと、魔法の応酬おうしゅうを食い入るように目で追った。


 フィールド内での移動には暗黙あんもくのルールがある。よける時以外はむやみに走ったり、左右に移動しないこと。何試合か見たかぎり、それはきっちり守られていた。


 全体的に試合はスマートに決着した。対戦相手がセンターラインを越えてくれば、いさぎよく負けを認める。ただ、一試合だけ場外負けがあった。


「自分も魔導士をめざそうかな」


 ロイが熱心に観戦しながらつぶやいたり、


「あの人、仲のいい同僚どうりょうのお兄さんなの」


 コートニーから出場者情報を得たり、


「知り合いはいないんですか? どっちを応援しますか?」


 などとスージーに尋ねられたりしながら、僕らは大人しく観戦した。


 ジェネラルの登場まであと二試合にせまると、目に見えて観衆が増えた。会場脇の席は全てうまり、立ち見の客がゾロゾロと出始めた。


 いよいよ、ジェネラルの出番となると、会場の人出は最高潮さいこうちょうに達した。観衆の熱気が背中からひしひしと伝わる。席をはずしていたスコットとクレアも、あわてて戻ってきた。


 そして、ジェネラルがフィールドに進み出ただけで、会場がざわつき、建物の窓から身を乗りだす人まで現れた。当の本人は熱い視線を気にかける様子もなく、バックアップ役と談笑だんしょうしていた。


 対戦相手のギルに視線を移す。気負っている様子はなく、貫禄かんろくだけなら負けていない。対峙たいじするジェネラルでなく、しきりに観衆へ目を配っていた。


 はからずもギルと目が合った。距離があったものの、こちらにしばらく目をとめて、かすかに口元をゆるめたように感じた。


     ◆


「始めてください!」


 立会人たちあいにんが試合開始の合図を送ると、滞留たいりゅうしていたざわめきが霧散むさんした。静まり返った会場で、観衆はジェネラルの初手しょて固唾かたずをのんで見守った。


 しかし、ジェネラルは自ら仕掛けるそぶりを見せない。所詮しょせん、相手は格下。ハンデとばかりに先手を打たせ、相手が得意とするかたちで堂々と受けて立つ。


 絶対的な自信からくる余裕の表れであり、これをおごりと評する人間もいるだろう。


 先にギルが仕掛けた。手元から円状に噴きだした水が、徐々に筒状つつじょうの水流を形作っていく。


 やがて、人間さえひと飲みにしそうな巨大な『水竜』が形成され、それがのたうち回るように術者の周囲をめぐり続けた。軌道きどうを読みづらくさせるための常套じょうとう手段だ。


しょっぱなから飛ばしてきたな」


 スコットが言った。肩慣らしとも言える小手こて調べが続き、静かな立ち上がりとなりがちな序盤としては、異例の大技だ。


 ジェネラルは意表をつかれた。相手は〈氷の家系アイスハウス〉にも関わらず、露骨ろこつなまでに水の魔法を主体とした戦法。ここから、どのように氷の魔法を織りまぜるか、全く予想がつかなかった。


 『水竜』が円をえがきながら牙をむく。ジェネラルは『氷』で補強した『水』の盾で迎え撃った。強固な盾に吸い込まれるように、『水竜』はなすすべもなく消滅した。


 新たに発動されたひと回り小さな『水竜』が、立て続けに別方向から襲いかかる。ジェネラルは動じることなく、それも涼しい顔でいなした。


「ずいぶん派手な戦い方をするな」


 スコットが冷ややかに言った。


「これは話にならないかも。はっきり言って利口りこうな戦い方じゃないわ。勝負を決められる確証がないかぎり、安易あんいに大技を使うべきじゃない」


 クレアはさらに辛辣しんらつな意見だ。いたずらに自陣のエーテルを浪費ろうひすれば、かえって自分の首をしめるだけだからだ。


 ギルは手を休めることなく、大技をくりだし続けた。ジェネラルが最小限の力で受け流す。その手さばきはギルのくりだす『水竜』の動きより流麗りゅうれいだった。


 一見すれば、ジェネラルは防戦一方に追い込まれているが、これは攻勢に出ていると相手に錯覚さっかくさせ、意図的に敵陣の疲弊ひへいをうながす高等戦術だ。


「一気に勝負がつくかもしれないぞ」


 スコットが心からの賛辞さんじを送る。


 すでにギルの陣地はエーテルの消耗しょうもうが激しい。潤沢じゅんたくなエーテルが残された自陣から、ジェネラルが大技をくりだせば、とても受けきれない。その見方が大勢たいせいだった。


 しかし、ジェネラルは勝負を決めに行かなかった。別格べっかくの存在として、頂点に立つ者として、果敢かかんに挑んできた相手に挽回ばんかいのチャンスを与えたかった。


 一見手づまり状態に見えるギルが、唐突とうとつに一歩前へふみだした。ジェネラルがそれに連動した動きを見せる。前に出るなら、こちらも前に出るぞという牽制けんせいだ。


 ギルが最後のあがきとも言える連続攻撃に打って出た。これまで同様、ジェネラルは軽快かつあざやかにさばいていく。


「もう決まったかな」


 クレアがため息まじりにつぶやいた。もはや、ギルは万策ばんさくつきた。決着は時間の問題。試合を見守る観客の大半がそう思っていた。


 その矢先、目を疑うような出来事が起こった。


 連続攻撃のドサクサにまぎれ、ギルが早足はやあしで距離をつめた。それに釣られて、すかさずジェネラルも前に出たが、何とそこで足をすべらせ、前のめりに倒れたのだ。


 大きなどよめきが起こった後、観衆は一様に言葉を失った。単なるジェネラルの不注意と考える者が多かったが、転倒した本人は愕然がくぜんとしていた。


 知らぬ間に、足もと周辺にうっすらと氷が張られていた。偶然の産物さんぶつでなく、全てギルの目論見もくろみ通りだった。不覚にも、ジェネラルは相手のわなにハマった。

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