幽霊パーティー

招待状(前)

     ◇


 カーニバルまで一週間をきった平日の午後。仕事中に、ヒューゴが〈資料室〉に現れた。


「例の男がレイヴンズヒルに戻ってきているらしい」


 例の男とは、僕らが水路に現れたゾンビ――ジェームズ・ウィンターの死に深く関わっているともくする人物だ。確か、名前はデリック・ソーン。ハンプトン商会のトップをつとめ、ベレスフォード卿の右腕と言われている。


「用心深い男なのか、なかなか接触できない。人前に出ず、指示だけ出して、あとは部下に任せるタイプらしい。ベレスフォード卿の屋敷内にあるはなれを、拠点きょてんとしていることまではつかんだんだが」


「屋敷内の離れを拠点にですか。もはや、身内みうちに近い存在なんでしょうか」


「聞いた話では、ベレスフォード卿の娘と婚約する話が進んでいるらしい」


 完全に身内だ。不謹慎ふきんしんだけど、ますます面白くなってきた。犠牲者の死に直接関与していたら、メイフィールドの開発計画を中止に追い込める。


「あと、ベレスフォード卿が近々ちかぢかパーティーを開くという話を耳にした。大勢集めて、大きな発表をするらしいが、お前、何か聞いていないか?」


「聞いていません」


 平日は仕事で城内に拘束こうそくされているとはいえ、何の役にも立ててないことが申しわけない。それにしても、何の発表だろう。婚約関係か、それとも開発計画に何か進展があったとか。


「できることがあったら協力するので、何でも言ってください」


 このぐらい念を押さないと、知らないうちに事件が解決していそうだ。男が〈侵入者〉と関係していれば、ヒューゴは裏で手打ちするかもしれない。


「俺としては、今から手伝ってもらってもいいんだけどな」


 口元をゆるめたヒューゴが、試すような視線を注いでくる。さすがに仕事をほっぽりだして行く度胸どきょうはない。


「冗談だよ。お前はまじめだもんな」


 返答に困っていると、ヒューゴはそう言い残して〈資料室〉を後にした。


     ◇


 内輪うちわで着々と進めた『パスタ作戦(ロイ命名)』が、とうとう日の目を見ることになった。


 舞台はメイフィールド。屋敷の主人であるアシュリーはもちろん、パトリックやダイアンも招待して、パスタ料理の試食会を開くことが決まった。


 失敗を重ねた上に完成させたメニューは、塩ゆでしたマカロニをダイアン直伝じきでんのスープにひたしたものと、同じく塩ゆでしたスパゲッティに、前述ぜんじゅつのスープを少しかけ、仕上げにハーブで風味ふうみをつけたパン粉をまぶすという、シンプルな二品だ。


 安く作れるが開発コンセプトだから、創意そうい工夫くふうは少なく、胸を張っておいしいとも言えない。ただ、試作品からは目を見張る進歩があったし、お腹いっぱいに食べても差しつかえないほどコスト面は完璧。


 完成度を高めるため、ロイは連日パスタを量産している。そのため、最近はパスタ三昧ざんまいの日々で、パンの消費量が明らかに激減している。水を差すようで言いだしにくかったけど、勇気を出して尋ねてみた。


「パスタが普及しても、パンの消費量がその分減ることになるんじゃ?」


「同じ主食だから、そういう面は出てくる。しかし、よく考えてみてくれ。いくらお腹がすいていても、ごはんを四杯も五杯も食べるのは嫌にならないか? パンでも同様だ。しかし、パスタとパンを半々に同量食べるなら、だいぶ気分が違う。

 さらに、個人で作ることが難しいパンと違って、乾燥パスタは長期保存が可能な上に、ゆでれば食べることができる。パン食でない地域にも波及はきゅう効果が見込める」


 劇的な効果があるかは疑問が残る。けれど、ロイの理屈は理解できた。実際、パンは配達に頼らざるを得ないので、各家庭で作れる点は大きなメリットだ。


「パスタとパンは別腹べつばらってことですか?」


「そうだ。ただでさえ、小麦粉は割安わりやすになってる。料理にする場合、パンよりパスタのほうがアレンジの幅が大きいし、この国に新たな食文化が花開くかもしれない。まあ、もし微妙な結果になったら、僕らが独占販売して荒かせぎする方向に切りかえよう」


     ◇


 試食会当日。アシュリーの屋敷へ向かう前にダイアンを迎えに行った。なつかしい屋根裏部屋の窓を見上げていると、裏口から彼女が姿を見せた。


「これが精いっぱいのおめかしよ」


 ダイアンについ見とれた。彼女は濃紺のうこんや茶系の地味なワンピースを好んで着ている。けれど、今日のワンピースは刺繍ししゅう入りで色づかいも華やかだ。


 以前プレゼントしたブローチを、ダイアンは毎日身につけてくれている。いつもは悪目立わるめだちしているそれも、今日にかぎっては脇役だった。


 パスタ料理は村人達にも振る舞う予定なので、ロイが数日がかりで大量のパスタを用意した。もとを正せば、アシュリーから安価あんか融通ゆうずうしてもらった小麦粉なんだけど。


 街は五日後にせまったカーニバルのムード一色いっしょく。一般家庭にも様々な飾りつけがされ、街を行く人々も心持ちオシャレな服装をしている。見知らぬ街に迷い込んだ気分にさえなった。


 街を歩いていると、たびたび目にする物がある。それは四メートル程度の槍のような棒に、カラフルな布を巻きつけた謎の物体だ。一見すると旗かのぼりのようだけど、中央の部分だけが異様に盛り上がり、いびつな形状をしている。


「大昔に人狼じんろう族との大きな戦争があってね。凱旋がいせんの際に人狼の死体をくしざしにして持ち帰って来たんだって。当時のパレードを再現するために、あれを持って街をねり歩くのよ」


 予想外に血なまぐさい話だった。中央にくくりつけられているのは、戦果せんかたる人狼の死体をした人形か。人狼は大きさ的に二メートルを超える巨体なのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る