招待状(後)

    ◇


 アシュリーの屋敷の前庭まえにわで、百人近い村人を相手にパスタ料理を振る舞った。調理を担当したのは僕らだ。


 好評をもって試食会の幕が下りた時、灰色のローブを着た使者が屋敷に現れた。この制服は市街の役所などで働く役人のものだ。


学長がくちょう、おさがししました」


「どうかされました?」


 大勢おおぜいの前で話し始めたところを見ると、たいした用事ではなさそうだ。


「ラッセル・ターナーの所在しょざいをご存じありませんか?」


「ラッセル・ターナーですか? いえ……、所在以前に聞いたことのない名前です。その方がどうかされました?」


 知っている名前が聞こえたので、後片づけの手を止めて、二人の会話に耳をかたむけた。


「三週間ほど前、レイヴンズヒルへ行くと休暇を申請しんせいしたきり、行方がわからなくなっていて、親族から捜索依頼が出ています。先の失踪事件に深く関わっていたそうで、どうも解決直後から様子がおかしかったそうです」


 パトリックが何か言いたげにこちらを見た。


「ダベンポート卿のご子息しそくであるトレイシーと一緒に、市街へ入った記録が残っています。ただ、その先の足どりが途絶とだえていて。そのトレイシー・ダベンポートも、レイヴンズヒルに滞在する際には、必ずと言っていいほど訪れていた親族のもとに、一度も顔を見せていないそうです」


 ラッセルに続き、トレイシーの名前まで出てきたので話に加わった。トレイシーは対抗戦へ出場するため、レイヴンズヒルに来ているのだろう。


「事情はわかりましたが、なぜ私のところへ?」


「情報がなく困っていたところ、トレイシー・ダベンポートが学長の屋敷から出てきたのを目撃した人物がおりまして。その確認のために参上した次第しだいです」


「私の屋敷からですか……? ちなみに、いつ頃の話ですか?」


「十日ほど前とうかがっております。その後、レイヴン城へ向かったという話ですが」


「その時期に来客らいきゃくがありましたが、ダベンポート卿のご子息ではありません。どのような容姿をされていますか? ダベンポート卿には何度かお目にかかったことがあるのですが、ご子息とは……」


「私も存じ上げないのですが、赤毛でがっしりした体格の方とうかがっております」


「トレイシーとラッセルが行方不明なんですか?」


「ウォルターはお二方ふたかたと会っていませんか?」


「二人とは会ってませんけど、同じチームのギルとなら会いましたよ」


「ギル・プレスコットですか?」


「はい。名字はうろおぼえですけど」


「金髪の……?」


「金髪で少しぶっきらぼうな人です」


    ◇


 目撃者の勘違いで話は決着し、使者は屋敷を立ち去った。後片づけを終えてから、屋敷の居間でくつろいでいると、パトリックから一通の手紙を差しだされた。


「これを預かっています」


「何ですか?」


「パーティーの招待状です。ロイの分もあります」


「僕の分もですか?」


 ロイが意外そうに言った。


 誰かと思えば、ベレスフォード卿からだ。一度会っただけのロイを、きっちりおぼえているどころか、パーティーに招待するとは。気配りというか、根まわしが周到しゅうとうだ。


 僕らを抱きこむ気が見え見えだから、とても行く気になれない。けれど、ヒューゴがパーティーの話をしていたのを思いだす。右腕であるデリック・ソーンと会うチャンスかもしれない。


「学長も招待されているんですか?」


「はい。私は招待を受けるつもりです」


 ヒューゴが一方的に嫌っているだけとはいえ、信頼関係を守るためにも、彼から手に入れた情報は軽々しく教えられない。


「私も招待されました」


 アシュリーが弱々しい声で言った。対立する相手にまで招待状を送るとは厚かましい。神経を疑うけど、これがベレスフォード卿の手強てごわいところか。


「もうお断りの返事をいたしました」


 そばに控えた執事が付け加える。まあ、当然だろう。


「パーティーですか」


 スージーが招待状を興味津々とのぞき込む。


「異性のパートナーを同伴どうはんしていいそうだ。これなら、四人で行けるな」


「本当ですか?」


 ロイが出席する方向で話を進めているけど、今回は自分も同じ気持ち。例の話がなければ、アシュリーの手前出席を控えていたかもしれない。


 実は『水路のゾンビ』の話を、まだ誰にも伝えていない。ヒューゴが調査を続けている以上、いたずらに話を広めたくないし、ぬか喜びさせたくなかった。


 とりあえず、招待状のことをヒューゴに報告しよう。みんなに伝えるのは、その後でも遅くはない。


     ◇


 明くる日、招待状の話を伝えようとヒューゴをさがした。手始めに、西棟にしとうにある侵入者対策室のオフィスへ向かう。本人はいなかったものの、『水路のゾンビ』に遭遇した時に会ったニコラの姿を見つけた。


「どこにいるか、こっちが聞きたいくらいなの。それと、最近あいつが何を調べているか知らない?」


 逆に問い返されるも、返答はにごした。伝言を頼んでオフィスを後にする。城外へさがしに行くわけにもいかない。


 帰りがけにヒューゴの自宅へ寄ることにし、仕事に打ち込んでいると、終業の三十分ほど前にヒューゴが現れた。


「パーティーの話をこの前してたじゃないですか。それの招待状が届いたんです」


「俺には届いていないな。よし、寄こせ」


「いやいや、ダメですよ。他人にゆずれるものではないでしょう。それに、自分で行くつもりですから」


「行ってどうするんだ」


「代わりに、僕が調べてきますよ。何か、要望はありますか?」


「お前には任せられない。俺も行く」


「でも、招待されてないんですよね?」


「ジェームズ・ウィンターの件で事情を聞きたいとか、適当な理由をつけて押しかけるさ」


 たぶん、本当に押しかけてくるな。ヒューゴの行動も計算に入れておこう。


「それはそうと、何か進展しんてんはありました?」


「いまだに例のデリック・ソーンとは会えていない。レイヴンズヒルにいるのは確実だが、おおかた、屋敷に引きこもってるんだろう。あと、ハンプトン商会に難癖なんくせつけて立ち入ってみたが、たいしたものは見つからなかった」


 もう自分で難癖とか言ってる。この分だと、自分に捜査の手がおよんでいることを、相手側は気づいているだろう。


「確か、ベレスフォード卿の屋敷の離れに住んでいるんでしたっけ?」


「そうだ。あいつの部屋の位置までわかってるぞ」


「屋敷を調べれば、何か出てくるかもしれませんね。ヒューゴが相手を引きつけている間に、僕が離れを調べるというのはどうですか?」


「それはかまわないが……、お前、そんなことができるのか?」


「面と向かって何かするよりは、そっちのほうが得意です」


 言わば、〈悪戯〉トリックスターは空間の気分をあやつるもので、人間の気分はあやつれない。屋敷への潜入せんにゅうのほうが存分に力を発揮できる。


「いいだろう。お前、本当におもしろいやつだな。見込みこみがあるよ。〈資料室〉に置いておくにはしい人材だ」


 なぜだろう。全く褒められた気がしない。


「名前はウォルターだっけ?」


「はい」


「この件がハズレだったら、次はお前のことを調べるか。じゃあな、ウォルター」


 先が思いやられる言葉を残し、ヒューゴは立ち去った。軽い冗談であることを祈ろう。

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