訪問者(後)
◇
スプーが立ち上がると、パトリックは
スプーもまた、胸をなで下ろした。場合によっては、パトリックの殺害も
ムダな血を流さずに済んだというより、無用のリスクをおかさずに済んだと言ったほうが正確かもしれない。
スプーが屋敷の面する通りから、レイヴン城の東門近くに出た。そこでようやく、ここまで来たギルの姿でなく、トレイシーのもので外へ出てきたことに気づいた。
自身のうかつさに苦笑したが、その足でウォルターのもとへ向かうことを思いつき、眼前にそびえるレイヴン城へ足を向けた。
けれど、思いつきで来ただけあって、まだウォルターの所在は調べが済んでいない。頭をかかえていると、渡り廊下を進むウォルターを、偶然にも発見した。
「ウォルター」
スプーは
「私のことをおぼえているか?」
「はい、おぼえてます」
ウォルターが無邪気に顔をほころばす。
相手は二週間近く前に、たかだか一日顔をつき合わせただけにすぎない。しかし、その一日が
「確か……、ギル……」
「そうだ。ギル・プレスコットだ」
ウォルターは差しだされた手を無警戒に取った。能力が通用しないウォルターは、スプーにとって
とはいえ、ギル本来の姿を知らなければ、永遠に
そして、スプーは確信した。ウォルターが伝承に残る『トリックスター』に他ならないと。
他人の目には眼前の男がトレイシーに映っていることも、スプーの胸にきざした悪意も、ウォルターは知る
◆
スプーは
さらに、北に
彼らがこの場所を潜伏先に選んだのは、ひとえに人がいないからだ。
薄暗い倉庫の一角に二人の男がいる。黒いローブで身をつつみ、フードを深くかぶった男達が、背を丸めたウリ二つの格好で木箱に腰かけている。
目の前で立ち止まったスプーが、どちらがネクロだったかと、両者へ視線を送った。
「やあ、おかえり」
片方の男が顔を上げて言った。少し遅れて、もう片方の男も顔を上げたが、すぐにうなだれた。
「ヒプノティストは始末したのかい?」
「取りやめだ。その必要はないと判断した」
「行く前はあれだけ息まいていたのに。腰くだけの理由を聞こうか?」
「周囲の人間が青に見えているものが、たとえ赤に見えていたとしても、当人が本当の青を知らなければ、たいした問題にならないということだ。
あの男がなぜ『
「ずいぶんと言いわけをこねくり回したね、キヒヒッ」
ネクロの人を
「ウォルターという男とも会ってきた。
「やっぱり、あいつは『最初の五人』だったわけだ」
『最初の五人』にはあらゆる能力が通用しない。〈外の世界〉では伝承に残る有名な話であり、ウォルターとパトリックをのぞく残りの三人がそれを実証していた。彼らもはるか昔から認識していた。
「トリックスターの能力は敵に回ると厄介だ。今のうちに始末することも考えなければならないが、殺すにはあまりに惜しすぎる」
「『転覆の巫女』と渡り合える唯一の人間なんだろ? そいつが敵に回ったのだとしたら世話ないね。笑えない冗談だよ」
ふとスプーがネクロの隣りに座る男――
スプーの〈
例えば、現在ネクロが連れているゾンビ――キースの死体は『自分に付きしたがって同じ行動をしろ』と命じられ、ネクロが立ち上がれば立ち上がり、腰を下ろせば腰を下ろす。
「ほぼ目的を達成したわけだけど、これからどうするんだい?」
「予定通りだ。お前には対抗戦へ出てもらう」
「私にはきっちり仕事をさせるんだね」
「当たり前だ。お前の能力の話なんだぞ」
レイヴンズヒルを訪れた彼らの一番の目的――それは
「それより、わかっているだろうな?」
「何がだい?」
「その姿のまま、あの男の前に出るなよ。連れているゾンビはなおさらだ」
「わかってるよ。
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