訪問者(前)

     ◆


 男は軒先のきさきのベルを鳴らしてから、パトリックていの扉をたたいた。


 男は二日前にもここへ足を運んだが、あいにく家主やぬしは不在。応対した執事に依頼し、面会の約束を取りつけた。


「面会を申し入れた、ギル・プレスコットだ」


 使用人に対し、低音のシブい声で用向ようむきを伝えた。


 玄関まで出迎えたパトリックが、ギルを居間へ招き入れた。ギルに『扮装ふんそう』したスプーは、ほのかな殺意さついを胸にいだいていたが、ドス黒い感情をオクビにも出さない。


 パトリックは学術関係の人物と広く交流を持ち、遠方えんぽうにも知人ちじんが数多い。しかし、ギル・プレスコットという名に聞きおぼえはなく、顔を見てもピンと来なかった。相手は金髪で中性的な顔立ちをしていた。


賢人けんじんと噂に名高なだか学長がくちょうにひと目お会いしたく、今日はお訪ねした次第しだいです」


 スプーが格式かくしきばったあいさつをした。


 パトリックは謙遜けんそんした様子を見せながら、窓ぎわに置かれた歓談かんだん用のひじ掛けイスをすすめた。


 遠慮がちに腰を落としたスプーが、久しぶりにレイヴンズヒルを訪れたことや、街なみの移り変わりについてツラツラと感想を述べた。


 若々わかわかしい容姿にそぐわない老練ろうれんな物腰に、高い声と不釣り合いの陰気いんきな話し方。外見をそのままに、心だけが年を重ねたかのような、パトリックはそんな印象を受けていた。


「申し遅れました。ギル・プレスコットと申します」


「うかがっております」


 どこかで会ったおぼえが――。パトリックが過去の記憶をたぐり寄せる。すると、ふと辺境伯マーグレイヴの顔がうかんだ。相手が彼と一緒にいる場面が頭をよぎった。


「さっそくで恐縮きょうしゅくですが、学長は『樹海の魔女』を信じておられますか?」


 パトリックは露骨ろこつに顔をしかめた。


 怖いもの見たさからくる好奇心と冒険心。五年前、〈樹海〉において発生した凄惨せいさんな事件をさかいに、それを目前にすると嫌悪感を隠さなくなった。


 レイヴンズヒルにおいては、自身の〈催眠術ヒプノシス〉を用いて抑制よくせいをはかっている。だが、辺境守備隊ボーダーガードの人間なら仕方ないと、誠実せいじつに対応することに決めた。


「私にも熱心に調べていた時期がありましたが、信頼に足る目撃情報はゼロに等しく、現在は存在について否定的な見解を持っています」


「先だってのキース・コールマンの一件についてはどうでしょうか? 『樹海の魔女』の関与を疑う意見が根強ねづよくあるようですが」


「人をまどわす魔力のようなものが、〈樹海〉に働いていることはいなめません。しかし、貴族きぞくがたゾンビは遠く離れた南部の街でも出現事例があります。ですから、それを『樹海の魔女』と結びつけることには否定的です」


「おっしゃる通りです。『樹海の魔女』も旅をすることがあるかもしれませんが」


 軽口かるくちをたたいたスプーが破顔はがんした。パトリックは口元をゆるめる程度にとどめ、沈黙をつらぬいた。


「話は変わりますが、学長はウォルターという男をご存じですか?」


 パトリックの顔色が変わった。スプーはかすかな感情の乱れも見のがさなかった。ウォルターとパトリックの関係性を確かめる。今回の訪問のしゅたる目的の一つだ。


「ええ……、ウォルターは私の親しい友人です」


 スプーが肌にまとわりつくような視線を投じる。パトリックは不審感ふしんかんをつのらせると共に、身の毛のよだつ思いを感じた。


 この男と二人きりでいるのは危険。本能が警告した。助けを求めるように部屋を見回す。あいにく、ロイとスージーは外出中。レイヴン城にいるウォルターの来訪らいほうは夕方まで期待できない。


 幸いにも、スージーの〈交信〉メッセージング経由けいゆし、ウォルターと連絡をとることは可能だ。しかし、危険な香りがするというだけで、呼び寄せていいものか。パトリックは寸前すんぜんで思いとどまった。


 〈催眠術ヒプノシス〉を用いて、ていよく引き取らせる方法を模索もさくした。ただ、『いいですか?』といった確認の言葉を、自然な流れで織りまぜるのは、思いのほか難しい。


「彼をご存じなのですか?」


 動揺をひた隠しにし、場をつなぐために話を向けた。


「ええ。実はキース・コールマンの一件で彼と行動を共にしまして」


「そうでしたか。それで『樹海の魔女』にも興味がおありでしたか」


 疑問は氷解ひょうかいしたが、スプーの言葉に他意たいが含まれている気がしてならなかった。


「学長は、私のことをご存じありませんか?」


 そう言い終えたスプーが、唐突とうとつに容姿を一変させた。〈扮装〉スプーフィングを用いて、トレイシーの姿に『扮装』した。顔立ちや体格はおろか、服装まで忠実に再現された。


 しかし、パトリックはそれに疑問を感じない。なぜなら、彼の目に映るスプーの外見は、始めからギルのものでなく、『うつわ』とする体の本来の姿だからだ。


 それに対するスプーの動揺もない。自身の能力が通用しないのは想定内。その確証を得ることが、この屋敷を訪れたもう一つの理由だった。


「申しわけありません。以前にお会いしたことがありますか?」


「いえ、こちらが一方的にお見かけしただけです。今日はお時間を取らせました。また、お話をうかがえる機会があれば光栄こうえいです」

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