ゾンビの身元(前)

     ◇


「今、ヒマなの?」


 終業の鐘が鳴るまで、ヒマを持てあましていると、クレアが〈資料室〉に顔を見せた。


「なら、緊急会合を行います」


 こっちの返事を待たずに、例の部屋――外世界がいせかい研究会の活動拠点へ連行された。そこへ行くのは、この間の日曜日に、掃除にかりだされた時以来だ。


「ちょっと待ってて」


 クレアは部屋に着くなり、どこかへ行ってしまい、数分後、息のあがった状態で戻ってきた。


「ウォルター、ヒマそうにしてるの連れてきた」


「ヒマじゃねえよ。ぶっ飛ばすぞ」


 彼女に腕を引かれているのは、迷惑顔のヒューゴだ。


 クレアが大滝おおたきへ一緒に行った仲間として、彼の名前をあげていたのを思いだす。きっと、旧外世界研究会の一員だったのだろう。


「何でお前がここにいるんだ?」


「ウォルターは当会とうかいのメンバーですから」


「そういうことです」


「ふーん」


 ヒューゴにジロジロと顔を見られる。彼から〈侵入者〉の疑いをかけられたのを思いだす。まだ、あやしまれているのだろうか。


「何をする会だ」


「外世界研究会よ」


「また、くだらないことを始めたな」


「くだらなくないわよ。そういえば、対策室の仕事を手伝ってないって聞いたけど?」


「顔だけなら出しているぞ。さっきも資料を頂戴ちょうだいしてきたばかりだ」


「それは手伝っていると言わないの。ヒューゴってね、昔は序列じょれつがひと桁台だったのに、試合に出ない、実務はサボるで士官しかんから降格されそうなのよ」


「序列だのユニバーシティだのに、もう未練みれんはねえよ」


「やりたい放題ほうだいやってると、本当に除名じょめいされるわよ」


 ヒューゴは侵入者対策室の所属だけど、聞いての通りの状況だ。クレアは本当に心配している。当のヒューゴは歯牙しがにもかけず、彼女を押しのけて、僕の前に進み出た。


「そんなことより、あの時のゾンビをおぼえているか?」


「水路から出てきたやつですか? 確か、指輪をしていた……」


 あのゾンビは僕とヒューゴでとむらった。レプリカの指輪をしていたため、貴族じゃないかと大騒ぎになった。けれど、続報ぞくほうは耳にしていない。


「そうだ。あれから、ゾンビの身元を独自どくじに調べていたんだが、とうとう突きとめたかもしれない。あの男とも関係しているかもしれないぞ」


 あの男ってベレスフォード卿のことだろうか。これは見すごせない。


「何の話?」


「これから、そいつの家に行く予定なんだが、お前も一緒に来るか?」


「行きます」


「ねえ、勝手に話を進めないでよ」


 クレアの制止に耳を貸さずに、ヒューゴが歩きだした。自分もあわててその後を追いかけた。


     ◇


 レイヴン城を出た。勤務中だから、城を出るのはマズいんだけど……。この際、仕方ないか。クレアもちゃっかりついて来ているし、あとで問題になりそうだ。


「場所はどこですか?」


「南地区だ」


「あの男って、ベレスフォード卿のことですよね?」


「他に誰がいる」


「どうやって特定したんですか? 貴族をよそおった〈侵入者〉っていう話もありましたよね?」


「まだ確証があるわけじゃない。対策室がリストアップした連中を、自分の足でしらみつぶしに調べただけだ。根こそぎ資料を持ってきたから、おそらく、まだ対策室の連中はたどり着いていない」


 悪事に加担している気分――いや、完全に加担しているか。


「名前はジェームズ・ウィンター。〈氷の家系アイスハウス〉の人間だ。南地区で役人をしていたが、数年前に辞めている。北部出身で親族との関係がうすい。こいつなら、いまだに身元が判明していないのもうなずける。連絡がとれなくなったのも、ごく最近の話だ」


「それで、ベレスフォード卿とのつながりというのは?」


「そいつはハンプトン商会という水運すいうん業者で働いている。そこのトップがベレスフォード卿の右腕と言われるデリック・ソーンという男だ。東部経由けいゆの水運事業も、メイフィールドの開発計画も、そいつが主導しているらしい」


 単なる事故の可能性はあるけど、かすかに希望が見えてきた。たとえ、ベレスフォード卿本人が関係してなくとも、右腕の不祥事ふしょうじなら大打撃を加えられる。


「それゾンビ案件あんけんじゃない。ヒューゴがやるのは筋違すじちがいでしょ」


「ゾンビはどうでもいい。今回の件は裏で〈侵入者〉がからんでいるかもしれない」


「本当に? そんなことより、三人で大滝へ行く計画を立てない?」


「大滝? あそこはもう行っただろ。散々さんざん山をさまよって、何度も同じ道を行ったり来たりして。結局、一ヶ月近くかけて、滝を見上げただけで終わったじゃねえか」


「今度は世紀せいきの大発見、ううん、世紀の大偉業を成しとげられるかもしれないわよ」


「何を根拠に」


「ねぇ、ウォルターもそう思わない?」


「……どうだろうね」


 クレアの言いたいことはわかる。大滝は〈外の世界〉との境界線たる断崖だんがい絶壁ぜっぺきから噴きだしている。空を飛べば、その間近まで行けるだろう。


 ただ、〈外の世界〉に通じているかはわからない。〈悪戯〉トリックスターには三十分という時間制限があるし、もし上空でバランスをくずし、滝の水に打たれでもしたら即死そくし案件だ。できれば、遠慮したい。


「ついでに、リトルも誘おうか」


 その名を聞くと、ヒューゴの表情が豹変ひょうへんした。パトリックとヒューゴの間を取り持ちたいのはわかる。けれど、傍目はためからも、それは修復不能なほどの亀裂きれつが入っている。


「行きたいなら一人で行け。幼稚ようちなお遊びに付き合ってられるか」


 クレアをにらみつけたヒューゴが、彼女を振りきるように足を速めた。


「あいつの言い方ヒドくない?」


「……そうだね」


 スゴい板ばさみだ。気まずくてしょうがない。

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