外世界研究会(前)

     ◇


 ふいに名前を呼ばれたかと思うと、クレアが中庭をつっきって、かけ寄ってきた。


「ジェネラルじゃないですか。どうしたんですか?」


「彼に少し内緒ないしょの話があってね」


 クレアは僕とジェネラルの顔を交互に見た。


「君は彼とデビッドの試合を見たのかい?」


「私は見ましたよ」


「君の目に、彼はどのように映った?」


「ウォルターは――不思議な技を使いますよ」


 ジェネラルは僕への並々なみなみならぬ関心を隠してない。それを感じ取ったのか、クレアはわざと好奇心をあおるように言った。


 制止の意味をこめて、すかさずクレアのそでを引っぱった。先日、クレアに空中飛行の事実がバレた際、ある条件と引きかえに口外こうがいしない約束をかわしている。


「この間の試合で見せたアレのことを言ってるの」


 そうだった。あの約束はあくまで空中飛行に関することだ。それも隠したい事実だけど、大勢の観衆に目撃された以上、彼女だけ口止めしても意味がない。


「ウォルターには私という先約がいますから。彼と戦いたいのなら、私の後にしてくださいね」


 クレアが腕にさり気なく手を回してきた。本来なら喜ぶべき状況だけど、鎖につながれた気分だった。


 ジェネラルの顔つきが変わった。さっきまでの拍子ひょうしぬけした様子から打って変わって、表情に活気が戻ってきた。


「君は彼に勝てると思うかい?」


「もちろん、負ける気はありませんよ。やってみなければわかりませんけどね」


 ジェネラルの瞳に闘志が再燃さいねんした。この国の魔導士は戦いにえているのかと、うんざりするしかなかった。


     ◇


 噂のジェネラルは、やっぱりオーラが違った。また一つ頭痛の種が増える予感がしたけど、クレアのおかげで難をのがれた――と思いたい。


「ねえ、少し時間ない?」


 クレアは瞳をうるませて、幸せそうな表情で言った。彼女との間に何もなければ、恋心こいごころをいだかれていると有頂天うちょうてんになってたはずだ。


 本当はいそがしいけど、言われるがままクレアの後にしたがった。連れて行かれたのは東棟の三階にある倉庫のような一室。様々なものが雑然ざつぜんと置かれていた。


 中央に置かれたテーブルはホコリをかぶり、天井の四隅よすみにはクモの巣が張りめぐらされている。部屋をただようホコリが、格子窓こうしまどからさし込む陽光に照らされ、粉雪こなゆきのように舞っていた。


 この手ぜまな部屋が、長らく放置されていたことは疑いようがない。クレアがわざとらしくせきばらいをしてから言った。


わたくし、クレア・バーンズは、外世界がいせかい研究会の復活をここに宣言いたします」


 演説えんぜつに慣れていないのか、ぎこちなくてサマになっていない。会の名称は初耳だけど、おおよその見当はついた。有無うむを言わせず、その会に入れさせられることも読めた。


「まだ会員は二名にすぎませんが、この場所で月に一回会合を行います。ここまでで質問ありますか?」


 毎日のように何か手伝わされたらたまらないと思っていたので、月イチと聞いて安心した。同好会どうこうかいみたいな、ゆるい集まりだろう。


「会員の頭数あたまかずに自分も入ってるんですか?」


「もちろん。当分とうぶん、会員は私とウォルターの二人だけです。あと、会合は月イチですが、活動はおたがいの時間が許すかぎり行います」


 クレアを甘く見てた。月イチで満足するわけないか。


「じゃあ、具体的にどういうことをやるかを」


当会とうかいの目標は、ズバリ〈外の世界〉へ行くことです。そのための手段の探求、および実践じっせんが主な活動内容です。加えて、同志どうしを集めるための勧誘活動を積極的に行い、当会をユニバーシティ内の一大いちだい勢力に育てあげます」


 思った以上に野望が壮大そうだいだった。相当面倒くさくなりそうだ。


「晴れの第一回会合は今度の日曜日です。とりあえず、ここの掃除を行います。会員の出席は絶対厳守です。わかりましたか?」


「……わかりました」


 休日をつぶされるけど、弱みをにぎられた以上、拒否権はない。身から出たサビだし、これで秘密を守ってもらえるなら安い物か。


 クレアが心から楽しんでいるから、よしとしよう。


     ◇


 おたがい仕事をぬけだして来たので、その後すぐに解散した。終業後、報告や相談のため、パトリックの屋敷へ寄った。


 コートニーとスージーの二人は、食材の買い出しに行くと、先に屋敷を後にした。ロイは居残いのこって残業中だ。今日は一日中ゾンビ関連の書物しょもつに目を通していたそうだ。


「別にかまいませんよね?」


 まずは外世界研究会のことを報告し、確認をとった。すると、パトリックは深いため息をついた。


「のめり込んでほしくないですが、事情があるなら仕方ありません。彼女の機嫌をそこねないよう、穏便おんびんにやりすごしてください」


 〈外の世界〉や〈樹海〉がからむと、パトリックは異常に神経質となる。


「彼女は復活させると言ってましたけど、以前にも存在してたんですか?」


「はい。私が立ち上げた張本人であり、彼女もその一員でした。いろいろと問題が起きて五年前に解散しました」


 五年前といえば中央広場事件か。話の流れからすると、主犯の辺境伯マーグレイヴも関係しているのだろう。パトリックは机の手紙に目を落とし、はねペンをなめらかに走らせ始めた。


「そもそも、なぜ空を飛ぼうなどと思ったんですか?」


「興味本位ほんいで始めました。男というか、人類のロマンですよね。あと、魔法と能力の併用へいようができれば、戦法に幅がでると思いました」


「試合で魔法と能力を併用する状況が思いうかびませんが」


「試合だけが戦いではないですよね? 〈侵入者〉とか、例のトランスポーターとか」


 その場しのぎの言いわけではない。練習している時は、自由に空を飛びまわる欲求がまさったけど、常に〈侵入者〉との戦いは意識していた。


「〈侵入者〉との戦いまで想定してくれているのなら、こちらとしてはありがたいです。ただ、今回はそれで墓穴ぼけつを掘ったようなので、今後は気をつけてください」


 最後に釘をさされたけど、思いのほか好意的に受け止められた。

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