外世界研究会(後)

     ◇


「この国には剣とか槍とか、そういう武器はないんですか?」


 前から疑問に思っていた。見張りに立つ守衛しゅえいですら、武器や防具を身に着けていない。それは平和な雰囲気を演出しているけど、〈侵入者〉という存在を考慮こうりょすれば、無用心ぶようじんと言わざるを得ない。


「古い物ならあるのですが、現在は製造も所持も禁止されています。無益むえきな争いを防止するのが目的ですが、攻撃・防御面において、魔法がはるかに優れているため、必要性を感じていないのが一番の理由です」


 確かに、接近戦ならまだしも、剣や槍では魔法に太刀打たちうちできないか。たてよろいで魔法を防ぐのにも限度がある。


「僕らの世界より未来をいっていますね。……いや、刀狩かたながりの意味合いもあるのか?」


 ロイがひとりごとのように口をはさんだ。


「武器や防具がどうかしましたか?」


「空を飛んでいる時、両手がガラきなので武器があったら攻撃に使えるなと」


「機会があったら探しておきましょう。ただ、先ほど言った通り、いつも身に着けるのは無理ですよ」


「〈侵入者〉はどんな武器を使うんですか? 魔法ですか?」


「魔法は使いません。それは我々の特権ですから。アレをお見せしましょう」


 部屋を出て行ったパトリックが、銃をたずさえて戻ってきた。


「これは拘束こうそくした〈侵入者〉から押収おうしゅうしたものです。これが最新式らしく、彼らはマスケット銃と呼んでいました」


 ロイと一緒に観察する。アンティークで結構かっこいい。黒ずんだ銃身じゅうしんは長くて、一メートル近くある。持ち手は木製で、背の部分に装飾そうしょくのような複雑な仕掛けがほどこされている。


火縄銃ひなわじゅうではなさそうだが、そこまで新しいものではないな」


 現実に戻ってから調べてみると、フリントロック式と呼ばれる火縄銃の改良版だった。着火ちゃっか方法は火縄でなく、撃鉄げきてつ火打ひうち石を用いる。火種ひだねが必要ない反面、不発が結構あるようだ。


「これは使えるんですか?」


「おそらく使えますが、弾丸だんがんがありません」


「このレベルの銃があるのなら、大砲たいほうも存在するな。合わせて対抗策を考えておかないとな」


 火縄銃と同じく銃口じゅうこうから弾丸をつめるので、連射性能がないそうだ。それなら、遠方からの狙撃そげきにだけ注意すればいいか。


 でも、火や風の魔法で弾丸を迎撃するのは、難しいかもしれない。やっぱり、重力操作でどうにかすべきか。


 いや、それもダメか。十メートル程度では弾丸が推進力すいしんりょくを失うとは考えられない。いっそのこと、空を飛んで逃げたほうが手っとり早いだろうか。


「ところで、〈外の世界〉とはどんなところですか?」


「どうも記憶がはっきりしないので、文献ぶんけんに残る知識しかありません」


「この国が『転覆』する前のことを、どのくらいおぼえているんですか?」


「おぼろげにおぼえていますが、巫女みこが関係しているからか、『転覆』前後の記憶が一切ありません。それは私にかぎったことではないですよ」


 この国を『転覆』させたのは、巫女と確定したわけじゃないのか。でも、巫女は『転覆の魔法』を使うそうだし、とおに『転覆の』とかんするわけだから、そう考えるのが常識的か。


「この国とあまり変わらない認識でいいですか?」


「いえ、人間が多数派たすうはとはいえ、この国と違って人狼じんろう、ドワーフ、エルフといった多種多様な種族がいるそうです。特に、人狼族は過去に我々と大戦争を行った関係で無数の記録が残っています。それを終結しゅうけつみちびいたのは巫女だそうです」


「聞いたことある種族ばかりだな」


「あなた方の世界にもいらっしゃいますか?」


「広く知られていますが物語の中での話です。実際にはいません」


 これまで出会った異質なものはゾンビと魔法ぐらいだけど、ファンタジーで定番ていばんの種族がきっちり存在しているのか。会いに行きたい。〈侵入者〉として現れないだろうか。


「やっぱり、この世界をつくったのは僕達の世界の人ですよ」


「君じゃないのか? よくそういう小説を読んでいるじゃないか」


 そんな気がしなくもない。ここで話題を変えた。


「そういえば、今日ジェネラルが直接会いに来て、士官しかんに昇格する気はないかって聞かれたんですけど、どうしたらいいですか?」


「……ジェネラルがですか? ただちに了承りょうしょうしましょう。断る理由がありません」


 パトリックがドン引きするくらいの勢いで飛びついた。


「私も頃合ころあい見計みはからって、ウォルターを士官へ昇格させようと考えていましたが、身内みうちの私が推薦するとかどが立つので頭を悩ませていました。それをジェネラルが代行してくれるのなら願ってもないことです」


 言葉通りに受け取れない。もう裏があると勘ぐってしまう体になった。


「士官になれば、役職につけますし、士官手当ても出ます」


「ウォルター、ぜひ受けたまえ」


 ロイがすかさず横槍よこやりを入れてきた。役職の話はジェネラルにも聞いたけど、まだそんな願望はない。ただ、士官手当ては魅力的だ。


「もっと待遇たいぐうのよい部署に移ることも可能ですよ」


「なおのこと良いじゃないか!」


「それは遠慮します。ようやく仕事をおぼえたところですから。それに、今はいそがしいので、みんなに迷惑かけられませんし」


「それはそれでかまいません。士官に昇格することと関係ありませんから」


 ロイが僕の肩にポンと手を置いた。視線で無言むごんの圧力を加えてくるも、くっしなかった。居心地いごこちがいいという理由で、いつまでも〈資料室〉にいるわけにはいかないけど、もう少し猶予ゆうよがほしい。


「何かデメリットはないんですか?」


「試合でマッチアップされる相手が士官になるくらいです。ひと口に士官といっても、相当数の人間がいますから、実力にもひらきがあります。ウォルターの実力なら問題ないでしょう」


 そのぐらいは甘んじて受けなければならない。考えはかたまった。士官昇格の話は受けるけど、当面は〈資料室〉に残る。


 その意思をパトリックに伝えた。ロイがあからさまに不満げな表情を見せたけど、素知そしらぬ顔でやりすごした。

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