トレイシーの最期(前)

    ◆


 ウォルター達は広場をつっきって、その先でクレア達の姿を発見した。


「あのゾンビが向こうにいました」


「よし、全員で行くぞ」


「待ってください! 急にラッセルの姿が見えなくなったんです。ゾンビと遭遇する前の話なんですけど」


「……ラッセルが?」


「とにかく、そこへ行きましょ」


 貴族きぞくがたゾンビの捜索は、村の入口近辺きんぺんに場所を移した。ラッセルをのぞく五人が、なるべく離れ離れにならないように、細心さいしんの注意をはらいながら、捜索に当たった。


 それから十数分後。見当けんとう違いの方向――広場の向こう側で、猛々たけだけしい炎が上がった。それは十秒以上にわたって続いた。


「あっちで炎が上がったわ!」


 炎を目撃したクレアの声が上がり、五人が次々とそちらへ急行した。


 現場に一番乗りしたクレアは、思わず息をのんだ。そこに横たわっていたのは、無残むざんにも黒こげとなった死体だった。


 身元みもとの判別はほぼ不可能で、着ていた服さえさだかでない。仲間の中から犠牲者が出たことも、十分に考えられた。


 次にウォルター達が到着し、さらに、ギル、トレイシーと続いた。


「ラッセルっていう人は、まだ見つかってないの?」


 クレアが深刻しんこくな表情で口にした。この場に不在ふざいなのはラッセルのみ。ウォルターとはぐれてから行方不明のままだ。


「ラッセルなら、すぐそこで腰をぬかしてたぞ」


 ギルがそう答えると、クレアやトレイシーが安堵あんどの表情を見せた。


「見てください。緑のラインが入っています」


 ウォルターが死体の足もとを指さした。上半身の衣服は焼きつくされて跡形あとかたもなかったが、わずかに焼け残ったズボンのすそに、それがうっすらと確認できた。


「じゃあ、これがキースってわけか」


「これで一件落着……したのかなあ」


 クレアがため息まじりに、やりきれない思いを口にした。


 事件は解決を見たものの、後味あとあじの悪さが残った。犠牲者を前に、全員が一様に沈痛ちんつう面持おももちをしていた。


     ◆


 クレアとウォルター達がストロングホールドへ戻って事態を報告し、トレイシーチームの三人は、この場に残って事後じご処理に当たることが決まった。


「それじゃあ、ストロングホールドに帰りましょうか」


「ちょっと待ってくれ」


 クレアは立ち去りぎわに、トレイシーから呼び止められた。そして、怪訝けげんな表情をした相手から、こう尋ねられた。


「あれは君がやったんじゃないのか?」


「私じゃないわ。ラッセルっていう人じゃないの?」


 トレイシーはに落ちない様子を見せたが、それ以上は何も言わなかった。クレアの言葉が真実なら、ゾンビを始末できるのは、火の指輪を持つラッセル以外に考えられない。


 しかし、ある事情を知るトレイシーにとって、それはあり得ないことだった。他に考えられるとしたら、追いつめられたゾンビが焼身しょうしん自殺をはかった可能性ぐらいしかない。


 トレイシーが納得できなかった理由は、あらかじめ、ラッセルから以下の告白を受けていたからだ。


     ◆


 それは廃村はいそんに現れたという不審者の情報が得られてから、まもない頃のことだ。ラッセルから相談があると、トレイシーは呼び出された。


「キースに火の指輪を貸した?」


「はい。オオカミに遭遇するかもしれないからって、行方不明になった当日に。すいません。事が大きくなりすぎて、言い出すタイミングがなくなってしまったんです」


 責任を問われるのを恐れ、ラッセルは指輪を貸した事実を報告していなかった。


「今、キースが火の指輪を持っているということは……」


「例の通報にあった魔導士はキースかもしれません」


 トレイシーは旧知きゅうちの仲であるラッセルの立場を思いやり、自らの手で事件を解決すると決めた。


 あわよくば、秘密裏ひみつりに指輪を回収することさえ目論もくろんだ。そのことは急造チームの仲間であるギルにも伝えなかった。


 しかし、問題が一つあった。ラッセルがレプリカの指輪をはめているため、魔法を使うことができない。トレイシーが彼を未熟者と呼んだり、彼の身を案じていたのもそのためだ。


 この非常事態に別の指輪を用意するヒマも当てもない。かといって、不在の攻撃役をおぎなわないわけにもいかなかった。


 トレイシーは一計いっけいを案じ、同じ〈火の家系ボンファイア〉であるクレアに誘いをかけた。レイヴンズヒルから来た、ラッセルをよく知らない彼女なら、事を運びやすいとの計算があったからだ。


     ◆


 だからこそ、ラッセルがゾンビを始末できるはずがない。レプリカの指輪で魔法を使うことはできない。それならゾンビを黒こげにした人間は、いったい誰だというのか。


(いや、待てよ……)


 トレイシーが内心でつぶやいた。一つだけ方法があった。ゾンビから火の指輪を奪い取り、証拠隠滅いんめつのため、徹底的てっていてきに焼きはらったのだとしたら。


 これならラッセルに動機が存在し、辻褄つじつまも合う。なかなか顔を見せようとしないのも、その後ろめたさが理由だと考えた。


 仮にそうだとしたら、かつての同僚どうりょうに対するなんたる仕打ちだろう。


 とにかく、ラッセルを問いたださなければ始まらない。トレイシーははらわたがにえくり返る思いで、彼をさがした。


     ◆


 トレイシーは薄暗い廃屋はいおくの裏手でラッセルを発見した。その時の彼は、ぽつねんと外壁へ寄りかかって、トレイシーに気づいても一瞥いちべつをくれたのみ。すぐにそっぽを向いてしまった。


「どういうことだ、ラッセル」


「……何のことだい?」


「しらばっくれるな」


 鼻で笑ったラッセルは不愉快そうに地面へ目を落とした。日頃のラッセルらしからぬ尊大そんだいな態度に、トレイシーが眉をつり上げた。


 ふとラッセルの左腕に違和感をおぼえた。傷や衣服のやぶれなど、外見がいけんに異状は見られないが、力なくたれ下がって、大ケガを負っているのは明らかだ。


「その左腕のケガは、ゾンビとやり合った時に負ったものか?」


「……何を言っているのか、全くわからないんだが」


 ラッセルの憮然ぶぜんとした冷笑れいしょうが、トレイシーを逆上ぎゃくじょうさせた。


「とぼけるな! お前、キースから指輪を奪ってあんなことをしたのか? あそこまでやる必要が本当にあったのか!?」


「君が何を言ってるのか、わからないと言っているんだ」


「それはレプリカの指輪だと、自分で言ったはずだ!」


 トレイシーは青筋あおすじを立てながら、はき捨てるように言った。


「そういうことか」


 ふいに背後で声が上がった。トレイシーが振り返ると、けわしい表情のギルが立っていた。


「やっと納得がいった。まさか、魔導士がここまで指輪を持たずに来るとは、想像だにしなかった。おかげで、魔法が使えないのは、単にあいつが無能だからかと、勘違いしてしまったよ」


「……ギル、何の話だ」


「うかつだった。わかっていれば、むざむざ新品を処分することもなかったのに」

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