ゾンビアタック(前)

     ◆


 屋敷の前まで来たクレアは、玄関から中をのぞき込んだ。大広間をザッと見渡したが、ウォルター達や不審な男の姿は見当たらない。


 屋敷へふみ込んだ彼女は、慎重に進みながら、一階や二階の通路へせわしなく目を走らせた。ふいに足音が耳に届き、彼女は階段脇に身をひそめた。


 足音のする方向へ注意を向けていると、ちょうど大広間へ出てきた男と目が合った。


 男はすかさず『炎弾えんだん』を連射した。クレアは階段の下をくぐりぬけて反対側へ出ると、頭上ずじょうへ向かって『火球かきゅう』で応戦おうせんした。


(あれが例の不審者ね。何よ、このケンカっ早さ)


 彼女のいる場所からは足音が聞こえても、男の姿が見えない。クレアは闇雲やみくもに『豪炎ごうえん』を放射しながら、玄関のほうへ向かった。


 男は相手の火力かりょくのすさまじさにひるんだ。逃げ道を絶たれることを危惧きぐし、あわてて階段をかけ下りる。


 その途中で手すりを乗り越え、一階へ飛びおりた男は、階段の裏側にひそんで、クレアと魔法の応酬おうしゅうを続けた。


 やがて、乱れ飛ぶ炎が床や手すりなどに引火いんかし始め、大広間に煙がたち込めていく。


(さっきのやつとは大違いだな)


 が悪いと見た男は、煙にまぎれて近くの廊下へ逃げ込んだ。クレアは追いかけようとしたものの、煙にをはばまれてしまった。


     ◇


 何度も炎がほとばしるような音が聞こえ始めた。


「何か聞こえない?」


「はい。魔法を使っている音だと思います」


 男が屋根の上に向かって攻撃をしかけてるのかと思い、立ち上がって辺りを見回した。けれど、炎は確認できなかった。


 まさか、屋敷ごと燃やそうと考えているんじゃ。あの狂人きょうじんならやりかねない。


「ねえ、あれ見て!」


 屋敷の窓から煙がもれ出している。いつの間にか、炎のほとばしる音はやんで、今度はたき火をするような音がし始めていた。


 しだいに煙の量が増えてきて、本格的に視界が悪くなってきた。下で男がわなをはっている気がしてならない。けれど、ここにとどまり続けるのは、もっと危険か。


「下におりましょう」


 コートニーを抱きかかえ、屋敷の正面側へおり立った。


「男がやったのかしら……」


 あちこちから火の手が上がり、屋敷は煙につつまれていた。少し離れた場所で見守っていると、玄関からクレアが姿を現した。


「やっちゃった」


 彼女は子供っぽく舌を出して、照れ笑いをうかべた。


 クレアの話によると、屋敷内で男と交戦状態になったそうだ。魔法による激しい戦闘をくり広げた後、男が逃げだして終結しゅうけつを見たらしい。


     ◆


 男は屋敷から何とか逃げおおせた。クレアに手も足も出なかったことで、怒りをにえたぎらせていた。


 しかし、それは魔法というフィールドで戦った上でのこと。慢心まんしんしていたこともあり、プライドまでは傷つけられていない。


 男は知恵をめぐらせた。どんな汚い手でもいい。クレアにほえづらをかかせられないか。


 所詮しょせん、この体は男にとって使い捨ての『うつわ』。死への恐怖を感じたり、命をかえりみる必要はなく、いかなる手段もとれた。


「ネクロ、ネクロ」


 人目ひとめをさけるように民家のかげをつたって歩いていると、しげみにひそんだ人物から、小声で呼びかけられた。それはギルだった。


「何を遊んでいる。その体はさっさと処分しろ。もう新しい『器』を用意した」


「スプー。ちょっと気になるやつを見つけたんだ」


 男――ネクロは本来の愛称あいしょうでギルを呼んだ。


 ネクロと同様、スプーにとっては、ギルという名前はおろか、体ですら借り物だ。また、スプーの言った『器』とは、先刻せんこく自ら手にかけたラッセルの体をさしている。


「……気になるやつ?」


「おかしな能力を使っていた。空を飛んでいたんだよ。トランスポーターのものとは違う。ドワーフどもの能力と似ていなくもないが……」


「どんなやつだった?」


「若い男だ。若い女を連れていた」


 スプーの脳裏のうりをかすめたのは、トレイシーとクレアのコンビだ。けれど、もうひと組該当がいとうすることに気づいた。


 疑いをかける対象としては、十年以上前から知るトレイシーより、そちらが妥当だとうと思われた。


「『連中』の誰かが、この国に来ているのかい?」


「『連中』のことをよく知っているのは、お前のほうだろ」


 スプーはあきれた様子で言った。


 スプーは〈転覆の国〉の住人として、長い年月を過ごしているが、ネクロは〈外の世界〉へ何度もしていて、現在も『連中』との窓口まどぐち役を務めている。


「だったら、少しこの体で遊ばせてくれないか。処分するのは、その後でかまわないだろ?」


     ◇


 騒ぎを聞きつけたトレイシーが屋敷にかけつけ、水の魔法による消火作業が始まった。


 魔法で発現された水はすぐに消えるので、飲み水にはならないし、料理にも使えない。洗濯ぐらいしか使い道はないけど、こういった使い方もできるのかと感心した。


 鎮火ちんかした後、クレアと一緒に経緯を説明した。


「〈風の家系ウインドミル〉の制服だったのなら、キースと考えてまちがいないな」


「でも、本当にゾンビなの? 貴族きぞくがたゾンビは人間と見分みわけがつかないって噂に聞くけど、魔法まで使うなんて聞いたことないわ」


「俺も聞いたことないが、貴族型ゾンビは出現事例が少ない。キースがそんなことをしでかす男でないのも確かだ」


 自分も疑問に思っているけど、コートニーの『分析』というれっきとした証拠が残っているし、同じ人間と思いたくないほどの狂気きょうきも感じた。


「今度会ったら、どうすればいいんですか?」


「まあ、やるしかないんじゃない?」


「話が通じる相手とは思えないからな。俺達の手でほうむってやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る