逃飛行(後)
◇
僕らは二階の一室にかけ込んだ。壊れたイスとさびついた
戸口そばの壁に張りつき、耳をとぎすます。まだ足音のようなものは聞こえない。男は追ってきていないのだろうか。
「私達、追いつめられたんじゃない?」
「大丈夫です」
「
現実の呼び名を口にするほど、コートニーは取り乱している。非常時に
「魔法は怖くありません。いざとなれば、
「……じゃあ、何でそれをやってくれなかったの?」
コートニーがキョトンとした顔で言った。もっともな意見だ。だけど、それにはちゃんと理由がある。
「手の内を見せたくなかったのと、距離を取って魔法に頼ってもらったほうが、こっちとしては好都合なんです。
重力無効化という最終手段があるものの、
「そっか……」
「いざとなったら使います。ですから、僕のそばを離れないでください」
コートニーを安心させようと、彼女の手にかぶせるように手を当てた。
「わかった」
彼女は軽く指先をからませながら答えた。信頼してくれたのか、その瞳に落ち着きが戻った。
◇
「これからどうするつもりなの?」
「ギリギリまで引きつけて、そこの窓から飛びおりましょう」
たとえゾンビでも、二階から飛びおりるのはためらうはずだ。あとは屋敷内からの攻撃にさえ注意すれば、確実に相手から逃げきれる。
今さら思いついたけど、広場まで空中飛行で逃げることもできたか。でも、誰かに目撃されると
その時、階段をのぼる足音が聞こえてきた。カツ、カツと一歩一歩をじっくり味わうかのような足どりだ。思いのほか、慎重さを持ち合わせているようだ。
いつでも飛びおりられるよう、窓の位置を再確認する。窓はあまり幅がなく、さっきのようなお姫様だっこでは足が引っかかりそうだ。
飛びおりるだけなら、手をつなぐぐらいでかまわないか。そんな結論に行き着いた時、ふと
「暖炉から屋根にのぼれるかもしれません」
二階から飛びおりるよりも、相手の裏をかけると考えた。コートニーの
暖炉の入口は広かったものの、その先の煙突は二人で立っているのが精いっぱいの広さ。また、息をするのをためらわれるほど煤けていた。
息がかかりそうなほど相手の顔が間近に来てしまった。おたがいに顔をそらすも、
「しっかりつかまっててください」
煙突の先を見上げながら告げると、コートニーの両手が僕の肩にかかった。
もっととんでもない体勢になった。まさに、正面から抱き合うかたちとなり、顔がほてってきて彼女の顔が見れない。
自分から言い出しておいてなんだけど、これが目的だったと思われてないか心配になった。かといって、スペース的に体の向きは変えられないし、かえって、あらぬ誤解を生みそうだ。
男がいつやって来るとも知れないし、興奮している場合ではない。さっさと、ここから脱出しよう。
「行きます」
重力から解放されたのを確認後、合図を送ってから、腕の力でゆっくりと煙突をはい上がった。
何事もなく、屋根の上にたどり着いた。僕らは煙突に背中をあずけて、服にびっしりとついた
「あのゾンビ、何で私達をつけねらうのかしら?」
「ゾンビ化すると、理性を失って本能のおもむくままに行動するそうです」
「殺人衝動があるってこと?」
「お
言ったそばから、自分の言葉に疑いを持った。あれだけの知能と身体能力があれば、食料を得る手段はいくらでもあるはずだ。危険をおかしてまで人間をおそう必要性が感じられない。
「ここをのぼったのか」
ふいに男の声が煙突内に
「……声がしなかった?」
コートニーが声をふるわせる。あの男だと決めてかかったけど、ゾンビが言葉を発するのはおかしいか。
「ダメだ、片腕ではのぼれないか」
息をこらして耳をすますと、今度はため息まじりの声が聞こえた。ソっと煙突内をのぞき込むと、やっぱりあの男だ。こちらを見上げていた男と、運悪く目が合った。
「大丈夫?」
僕の顔にケガがないか、コートニーが心配そうに確認する。痛みは全く感じていない。髪の毛ぐらいなら燃えたかもしれないけど。
「大丈夫です。でも、屋根の上にいるのがバレました」
今すぐここから下りるべきか。けれど、下から魔法で攻撃を受ける危険はあるものの、それ自体は打ち消せるから、安全地帯と言えないだろうか。
「ねえ、普通に言葉を発してなかった?」
「はい……。そうですよね、どう考えてもおかしいですよね」
「理性を失ってないってこと?」
本当に男はゾンビなのか。
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