逃飛行(前)
◇
屋敷を
魔法で
火の魔法は手加減が難しいし、
その場合、指輪だけの力で勝つ自信はないから、
男は追跡にしびれを切らし、
いったん、屋敷の反対側に回ろうと、足音をたてずに裏手を進む。ふと屋敷を見上げた時、屋根の上に身をひそめられるスペースを見つけ、
「屋根の上にのぼりましょう」
「……どうやって?」
「飛びます」
「ああ……」
この前アシュリーの屋敷で披露したので、すぐにコートニーは察知した。空中飛行はおぼえ立てで、まだうまく制御がきかないけど、
しっかり彼女の体をつかんでいれば、能力の
ただ、その場面を想像したら、急に恥ずかしくなった。ためらいがちに抱きかかえるジェスチャーを見せ、こう断りを入れた。
「あの……、いいですか?」
「……うん」
さすがのコートニーも恥じらいを見せた。
頭の中で予行練習してから、彼女の肩とひざ裏に手を回し、思いきって抱きかかえた。やっぱり人間は重い。だけど、少しの辛抱だ。
「行きます」
目標地点を見定めてから、合図を送った。コートニーの両目がつむられ、僕の首に回された彼女の手に力がこめられた。
重力を軽減した後、すかさず『突風』を地面に向けて撃ち放つ。
たちまち風景が流れていき、すぐに
しかも、ブレーキをかけた
かろうじて両足で着地できたものの、そこは道をはさんだ先にある草むらだった。コートニーが恐る恐る目を開けた。
「飛び越えました」
「うん……」
素直に反省の弁を述べると、彼女は僕をなぐさめるように言った。
はるか彼方の目標地点を振り向く。二人分の重量を意識して、
「ウォルター、後ろ!」
今度は
彼女を抱きかかえたまま屋敷へ飛び込んでから、すぐさま進行方向にブレーキの『突風』を放つ。難なく着地すると、コートニーを床に下ろした。
「二階へ上がりましょう」
そして、彼女の手を取って、正面の階段をかけ上がった。
◆
男もウォルターらの後を追って、屋敷へ足をふみ入れた。荒れ果てた
男に二人の命をねらう理由はない。それどころか、自らを『処分』してくれることを望んでいた。
「魔法をおぼえたての私から逃げまどうばかり。魔導士どもは腰ぬけばかりか」
始めは逃げるから追いかけ、反撃を期待して攻撃をしかけた。
けれど、今は心から狩りを楽しんでいた。本来の目的は頭から消え失せて、敵を圧倒する自身に酔いしれていた。
「しかし、妙な力を使っていたがあれは何だ。魔導士どもはあんな
その頃、クレアも旧領主の屋敷近くにいた。数分前に広場近くまで戻った際に、遠くで上がった炎を偶然目撃して、ここまで様子を見に来たのだ。
そこで彼女は、不審な男がウォルターらを追いかけ回す場面に遭遇した。助けに入ろうとした矢先、
彼女はあっ気に取られ、つい助けに入るのも忘れた。ウォルターが直後に見せた水平飛行も呆然と見送った。
我に返った時には不審な男の姿は屋敷前から消えていて、彼女はかけ足で屋敷のほうへ向かった。
◆
時を同じくして、廃村の北部にいたギルは、不審者の捜索という役目を果たすことなく、ある男を
相手に気づかれないように
相手がある民家の裏手に入っていくと、広場方面を振り返った。そこが広場から見えない場所であるのを確認した後、民家の裏手へ反対側から回り込んだ。
その時、相手――ラッセルは草むらを見渡していた。
「ラッセル、気になるものを見つけたのだが、ちょっと来てくれないか」
ギルが
「それなのだが」
「……どれですか?」
無警戒に背中を見せたラッセルに、ギルが音もなく忍び寄る。そして、背後から相手の首へ両腕を回すと、
「な……に……を」
ラッセルはそれを引きはがそうと、必死にもがいた。しかし、
ギルは相手の動きがにぶくなってから片腕をはずし、
「どうして……」
ラッセルはか細い
ギルが
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