不審者調査(中)

     ◇


「興味深い話ではあるけど、今回の事件と関係ある?」


 クレアは気乗きのりしない様子で答えた。


「無関係とも言いきれないんじゃないか?」


「でも、行方不明の魔導士って〈風の家系ウインドミル〉なんでしょ? 火の魔法を使うのは変じゃない? それに場所もだいぶ離れているみたいだし」


 〈転覆の国〉の最高峰さいこうほう――大山おおやま裾野すそのに広がる〈樹海じゅかい〉は、その名の通り、広大な樹木じゅもくの海。その面積はレイヴンズヒルの数十個分におよぶ。


 トレイシーによれば、廃村の場所はストロングホールドの北西に位置し、〈樹海〉でつながっているとはいえ、失踪しっそう事件のあった村とは真逆まぎゃくの方向だ。


「キースを手にかけた魔導士、もしくは別の被害者の可能性もある。まあ、猫の手も借りたい非常時に、そんな与太話よたばなしにかまっていられないって、上は歯牙しがにもかけなかったよ。だけど、単なる頭のおかしいやつとは思えないんだ」


「でも、そいつを捕まえたところでどうにかできる?」


 クレアの言う通り、話を聞いたかぎりでは悪事あくじを働いていない。


「廃村でな魔法を使うイカれた男なら、捕まえる価値は十分にある」


 クレアが首をかしげながら、うなるようなため息をもらした。


「それで、私に声をかけた理由は何かあるの?」


「なるべく俺のチームだけで対処したかったが、あいにく攻撃役のラッセルが未熟者なんだ。それで、同じ火の魔法をあやつり、勇名ゆうめいとどろかせる君に水を向けた。余計な人員じんいんをさけないから、少数精鋭でなければならないしな」


 トレイシーの脇に控える男――ラッセルがていねいに頭を下げた。年齢は二十代前半でクレアと同じ〈火の家系ボンファイア〉。小柄こがらで幼い顔立ちをしていて、気の弱そうな感じの人だ。


「僕のほうからもお願いします。キースの消息しょうそくにつながることなら、つまらない情報でも調べ上げたいんです」


「ラッセルはキースと最後に行動を共にしていたから、責任を感じているんだ」


「……わかったわ」


 ラッセルの思いに打たれのか、クレアが引き受けた。


「ただ、二つ条件を出させてもらうけどいい? 一つは今日と明日で決着がつかなかったらあきらめること。もう一つは、このウォルターを一緒に連れて行くこと」


 いきなり話をふられたので面食めんくらった。途端に三人組の注目を集めだし、困惑しながらクレアへ視線を送る。


「こう見えて、彼はジェネラルの座をねらっている逸材いつざいよ。少数精鋭なら持ってこいの人材だし、〈資料室〉の所属だから、報告書を上げる上でも役に立ってくれると思うわ」


 クレアがイタズラっぽい笑みをうかべ、こちらを一瞥いちべつした。カワイイ顔でほほえまれても、寒気しかおぼえなかった。悪い意味で関心をいだかれてしまったようだ。


「そんな彼が協力してくれるのなら願ってもないことだが……」


 しばらく頭が混乱したものの、クレアの魂胆こんたんをぬきにすれば、話自体は悪くない。何より、ゾンビが出現しそうな廃村というひびきがいい。


 当面の目標は〈分析〉アナライズをゾンビ相手に使用することだ。知り合いのクレアもいるし、人数が多いから片手間かたてまでゾンビ捜索もできるはずだ。不審な男は魔法を使用している時点で、ゾンビと関係なさそうだけど。


 確認のため、そばのコートニーに視線を送った。


「ウォルターが決めていいよ」


 彼女の同意が得られたので、トレイシーにこう告げた。


「協力します」


「ありがとう」


 そう応じたトレイシーと握手をかわす。


「すぐにでも出発したい」


 トレイシーの意向を受け、大急ぎでパトリックのもとへ断りに行った。そこで、しくもこんな情報を得られた。


「ダベンポート家は北部の水運すいうんに影響力を持つ家で、北部へ進出をはかるベレスフォード卿を心良く思っていません。現在、対立関係にありますし、トレイシーと懇意こんいになっておいて損はないですよ」


     ◇


 ストロングホールドを総勢六名のパーティーで出発した。道中、二人きりで話せるタイミングを見計らって、トレイシーに話を向けた。


 まずは、ベレスフォード卿が推進する河川かせんの整備計画に、自身が反対していると伝えた。そして、協力関係を結べないかと、率直そっちょくに申し出た。トレイシーから返ってきたのは意外な答えだった。


「俺自身は興味がないから距離を置いているが、父親が強硬に反対しているし、協力するのは別にかまわない。その代わりにと言っては何だが、今度の対抗戦たいこうせんで俺と試合をしてくれないか?」


 好感触の反応を得られて喜んだのもつかの間、思いがけない条件がくっ付いてきた。


 話を向けられた時点では知らなかったけど、対抗戦は約一ヶ月後にせまったカーニバルに合わせて行われ、全国各地から魔導士が集まる交流戦らしい。


「あのクレア・バーンズが一目いちもくを置く男と、ぜひ手合わせ願いたいんだ」


 トレイシーの出した条件に、当然たじろいだ。話しぶりから察すると、彼が相当の実力者であることは疑いようがない。


 そうはいっても、試合をするだけなら安いものだし、それで心強い協力者が得られるなら、諸手もろてを上げて喜ぶべきか。僕はその条件をのんだ。


「何の話をしてるの?」


「彼と試合をすることになったよ」


「ちょっと、私が先約せんやくでしょ?」


 話を聞いたクレアが、ムッとした表情を見せた。約束をはっきりおぼえていても、同意したつもりはない。


「何言ってるんだ。今度のは対抗戦だろ?」


「あっ、そっか」


 隔月かくげつで行う公式試合は、基本的に同地域の魔導士同士で試合が組まれる。対して、交流が目的の対抗戦は、他地域の魔導士とマッチアップされるのが慣例かんれいだ。


「じゃあ、その次は私だから、他の人と勝手に約束しないでね。対抗戦が終わったら、すぐに申し込んでおくから、そのつもりでいて」


 やっかいなことになった。たちまち後悔の念につつまれたけど、アシュリーのためにジェネラルの座をめざすと心に決めたじゃないか。そのためには、クレアでさえ通過点にしなければならない。


 そう自身をふるい立たせたものの、頂点でなくとも、序列五位ぐらいで結構な権力を得られるんじゃないかと、考えなくもなかった。

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