不審者調査(後)

     ◇


 廃村はストロングホールドから十キロほど北西に行った場所にあった。三年前に近隣の村と合併がっぺいすることが決まり、二年前にここは完全に放棄ほうきされたそうだ。


 その理由は『人口じんこう密度みつどが低いほどゾンビ化リスクが高い』との研究結果が出たため、国が主導しゅどうして村の合併、廃村を推し進めたからだ。


 馬に乗って廃村までやって来た。実は、仕事の手があいた時に、スコットから乗馬の訓練を受け、馬を乗りこなせるようになった。コートニーは自分の後ろに乗せている。


 途中から、不審者を目撃した若者も同行している。近隣の村に住む彼は元々廃村の住人で、豚の放牧地として廃村を利用しているそうだ。


 若者を案内役に、廃村へ足をふみ入れる。二年前まで住人がいただけあって、建物は半壊はんかい状態のものが多少見受けられるのみで、大半が原型げんけいを残している。


 ただ、屋内おくないに関しては、壊れた家具や道具、ボロボロの衣服などが床に散乱さんらんし、廃墟はいきょと呼ぶにふさわしいさまだ。しかも、舗装ほそうされた道以外は雑草がのび放題ほうだいで、民家の多くが草むらに身をうずめていた。


「廃村にするなんて、もったいないわね。立派な屋敷も残ってるじゃない」


 クレアがひと際目立つ豪邸ごうていを遠くに見すえながら言った。若者によると、それは旧領主の屋敷という話だ。


「仕方ないさ。廃村前から人口が半分近くに減ってたそうだから」


 村の中心に位置する円形えんけいの広場にたどり着いた。隅々すみずみまで舗装され、かつての面影おもかげを最も強く残している場所かもしれない。広場の片隅かたすみ鐘楼しょうろうがあるけど、鐘自体は取りはずされていた。


「あの辺りにいました」


 案内役の若者が広場の一角いっかくを指さした。トレイシーが来た道を振り返る。


「村の外からでも見える場所だな」


「不審者は目立ちたがり屋なのかもね」


 クレアが冗談っぽく言った。それからしばらく、各自思い思いの方向を見やり、不審者の姿をさがした。


「この辺りの貴族で心当たりない? 火の指輪を持っていて、そういうことをやりかねない変人魔導士とか」


「あまり貴族の方々に詳しくないのですが、この辺りを治めるのは〈氷の家系アイスハウス〉の方が大半ですよ」


詰所つめしょにいる魔導士はどうだ」


「この辺りに詰所はありません。ストロングホールドから直接来れますから」


「そういえばそうだったな」


 トレイシーはバツが悪そうに頭をかいた。


 各地に点在てんざいする詰所は、ゾンビ対策を目的とした拠点で、辺境守備隊ボーダーガードの人員が常時じょうじ詰めている。失踪した魔導士のキースもその一人だ。


 案内役の若者はここで御役おやく御免ごめんとなった。


「不審者がこの村に潜伏せんぷくしていないか、もしくは、何らかの痕跡こんせきを残していないか。六人で手分てわけして調べるぞ」


 そう言ったトレイシーが僕のもとまでやって来た。


「クレア・バーンズに目をつけられるほど優秀とはいえ、風の指輪で無茶は禁物きんもつだ。不審者に遭遇したら、すぐにでも俺達に知らせてくれ」


 事実、風の指輪ではゾンビ相手でも足止めぐらいしかできない。不審者と交戦するような事態は考えたくない。


「君は指輪を持っていないのか?」


 三人組の男の一人――ギルが無愛想ぶあいそうな顔をコートニーに向けて言った。


 ギルの年齢はどのくらいだろう。見た目は二十代後半だけど、落ち着いた物腰ものごしを見ると四十近くに感じられる。出身は〈氷の家系アイスハウス〉だ。


 目がすわっていて眼光がんこうはするどい。ベレスフォード卿なみの貫禄かんろくがあるものの、サラサラの金髪に中性的な顔立ちなので、容姿と振る舞いにかなりのギャップを感じた。


「彼女はアカデミーの研究員なので魔法が使えません」


 すかさずフォローしたけど、ギルの不審感は払拭ふっしょくできていない。なぜここにアカデミーの研究員がいるのか。そう問われたら返答のしようがない。


「ゾンビがこの辺りに出たりしないんですか?」


「もうここには住人がいないから、新たに出現する確率は少ないだろうね」


 話をそらすと、代わりにラッセルが答えてくれた。


「しかし、〈樹海〉をさまよい続けたゾンビが、突然姿を見せることは十分に考えられる。くれぐれも彼女を一人にしないように」


 ギルからぶっきらぼうに注意されただけで、その場はやりすごせた。


 クレアとトレイシーが〈樹海〉に近い東側、ギルとラッセルが北側、僕とコートニーは旧領主の屋敷がある西側を担当することに決まった。


     ◇


 コートニーと二人で村の探索を始めた。


「のどかな場所ね」


 二人きりになると、久々にコートニーが口を開いた。ボロを出さないようにするためか、彼女は僕のかげに隠れて、なるべく話しかけられないように努めていた。


「ちょっと中を見てきますね」


 雑草を分け入って、廃墟と化した民家みんかをのぞき込む。様々な生活の痕跡を見つけると、人間のみが消失したようで、不気味さが際立きわだつ。


 その後、何軒か見て回った。大半がワンフロアのシンプルな作りなので、建物に入る必要性は感じなかった。


「ゾンビというよりは幽霊が出そうですね」


 コートニーの反応がないため、後ろを振り向いた。彼女は少し離れた場所で無警戒に辺りを見回している。どこか公園を散歩するかのような雰囲気だ。


「怖くありませんか?」


「少しは怖いかな」


 コートニーにおびえるそぶりは一切ない。民家のかげから、今にもゾンビが飛び出してきそうなので、自分は結構ビビっている。


 おばけ屋敷とかに入っても、こんな感じなのだろうか。後輩である僕の前で、情けない姿を見せたくないだけかもしれない。


「ねえ、人が少ない場所ほどゾンビ化しやすいのって、どうしてだと思う?」


「空気がおいしいとダメ……とかですかね」


 見当もつかないので冗談半分に答えた。


「他には?」


 お気にさなかったようで、間髪かんぱつ入れずに次をうながされた。


「さみしいとダメ……とか」


「都会の人はさみしくないの?」


 ゾンビ化については、万人ばんにんが納得できる答えはないと思っているので困りはてた。


「何らかの未知みちの能力が働いていると思います。例えば、魔法を使うためのエーテルとか。そもそも、なぜゾンビ化するのかもわかってないですし」


 コートニーは真剣な表情で考え込んだ。推理小説好きの血がさわぐのかもしれない。


「そうね。まずはゾンビ化の謎を解明するのが先ね」


 当てどなく道なりに進み、僕が民家のある左手に、コートニーが放牧地のある右手に警戒の目を向け続けた。


 やがて見えてきた旧領主の屋敷に、二人して見とれた。けれど、窓という窓はぬけ落ちているし、屋敷を囲む石塀もくずれかけているし、近づいてみるとヒドい有り様だったけど。


 屋敷の前を通りすぎて、しばらく行くと、前方へ目を戻したコートニーが、ふいに立ち止まった。表情を曇らせたのを見て、彼女の視線を追った。


 すると、道のまん中で、男がぼんやりと立ちつくしていた。

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