貴族型ゾンビ(前)

     ◇


 男は黒髪くろかみで体格がいい。微動びどうだにせず、空を見上げる姿がとにかく異様いようだ。さらに、こちらへ向けている左肩がダラリとたれ下がっている。


 距離が三十メートル近くあるので、顔まではうかがえない。けれど、身にまとっているのがユニバーシティの制服なのはまちがいない。


「あんな人いた? ギルって人?」


 始めはトレイシーチームの誰かと考えた。けれど、ラッセルとは髪型や体格がまるで異なるし、トレイシーやギルとは体格が似てても髪の色が違う。


「いえ、ギルって人は金髪でした」


「……そうだった?」


 髪型や体格で判断するまでもなかった。薄い色合いなので気づかなかったけど、男の制服は〈風の家系ウインドミル〉のものだ。それを着る人間は、自分以外パーティーにいない。


「見てください。制服が誰のものとも違います。例の不審者かもしれませんし、行方不明の魔導士かもしれません。〈分析〉アナライズで何かわかりませんか? これだけ離れてると無理ですか?」


「やってみる。どちらかの目が確認できれば、ある程度の距離は大丈夫だから」


 コートニーが目をこらして押しだまった。


「性別、男。年齢、二十七。種族、人間」


 コートニーが淡々たんたんと簡易情報を読み上げた。


 その情報だけでは確証がつかめない。名前はキースと記憶しているけど、年齢は聞かされていない。いや、待てよ。確か、クレアが〈風の家系ウインドミル〉だと言っていたような……。


「あっ、待って。種族の下に『ゾンビ』って表示されてる」


「まあ……、見るからに顔色悪いですからね」


 せずして、ゾンビ相手に〈分析〉アナライズを使用する目的を達成した。


 コートニーの能力は人間かゾンビかを見分けられると判明したわけだけど、当然ながら、達成感につつまれたり、喜びにわく雰囲気はない。


 冷や汗がほおをつたった。


 まだ男との距離がある分、思考は正常に働いている。自分がここに残って男を見張り、コートニーに応援を呼びに行ってもらうのがベストだろう。


「こっち見た」


 考えを伝えようとした矢先、コートニーがつぶやいた。表情をこわばらせた彼女に、初めて恐怖の色が見て取れた。自身の思考もリセットされ、反射的に男へ目を向けた。


 細かな表情はうかがえない。けれど、白い歯をのぞかせ、まっすぐ僕らを見ていた。へたに動いたら、男を刺激する。本能的に感じ取って、思考と体が硬直した。


 僕らにつま先を向けて、男がゆっくりと歩き出した。逃げ腰となってあとずさるも、すぐに思いとどまった。コートニーが逃げきるまで、自分が時間をかせがなければならない。


 けれど、気が動転してしまい、なかなか思いを伝えられない。


 男が歩くスピードを上げていく。足の運びはスムーズで、普通の人間と変わらない。さらに、接近してきた男は、恍惚こうこつとした表情をうかべていた。まるで、僕らを獲物えものと認識しているようだった。


「あれがゾンビなの……?」


 自分も同感だ。これまでに目撃したゾンビと、あまりに落差らくさが大きい。


 共通点と言えば、左腕がぬけ落ちそうなほどの大ケガを負っていることぐらい。ここまでキビキビと動くことはなかった。本当に男はゾンビなのか?


「僕がここで食い止めます。コートニーは助けを呼びに行ってください」


「わかった」


 コートニーが引き返そうとした瞬間、男が逃がさないとばかりに右手をつきだした。それはまさに、魔導士が魔法を使う時に見せる、型通かたどおりのかまえだった。


「まさか……」


 男の顔が狂気にいろどられた。


 コートニーは足がすくんでいる。このままではあぶない。とっさに彼女の手を取って、民家の脇へ逃げ込んだ。


 背後で炎が放射され、その激しいゆらめきを視界のはしでとらえた。


「魔法まで……」


 むきだしの敵意にさらされ、愕然がくぜんと口走った。まちがいなく僕らを標的としていた。火の魔法を使ったということは例の不審者か。でも、あいつは〈風の家系ウインドミル〉じゃないのか。


 いや、今は逃げるのが先決せんけつだ。逃げ込んだ先は半壊はんかいした民家の裏手。身をひそめるには心もとない。少し先の旧領主の屋敷が目にとまった。


「あそこへ行きましょう」


 コートニーの否応いやおうなしに走り出した。


 民家の裏手から飛びだすと、不運にも男とくわした。かまわず全力でかけぬける。再び後方で炎がほとばしった。


 屋敷の前を走りぬけて、反対側に身をひそめた。石塀いしべいのかげから、血眼ちまなこになって男の姿をさがす。となりでは、コートニーが上がった息を懸命にととのえている。


「聞いてた話と違うんだけど」


「自分が知っているゾンビとも違います」


 民家の脇から男が姿を現した。息をこらしてジッと様子をうかがう。追いかけてくる様子はなく、僕らを完全に見失ったようだ。


「ゾンビが魔法を使うって話は?」


初耳はつみみです」


「ウォルターってゾンビを退治したことあるの?」


「一度あります。自分は足止めしただけですけど」


「ウォルターにもできそう?」


「やってみなければわかりませんけど、やれるかもしれません」

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