不審者調査(前)

     ◇


 二日あまりの行程こうていを終え、無事ストロングホールドに到着した。


 身動きの取れない馬車で座りどおしだったせいか、全身がダルい。まだ日暮ひぐれまで時間があったけど、街を観光する元気は残っておらず、旅の疲れをいやすために宿舎へ直行した。


 ストロングホールドの人口はレイヴンズヒルの三分の一程度。標高ひょうこうが変わらないため気候は似通にかよっている。南北にそびえる二つの山にはさまれ、鉱物こうぶつ資源と豊かな水資源に恵まれているそうだ。


 製鉄業がさかんなため、工場的な武骨ぶこつな建物が目につく。レイヴンズヒルが商業の街なら、こちらは工業の街だ。


 元々は軍事目的に築かれた防衛拠点らしく、街全体に要塞ようさい的な物々ものものしい雰囲気が残っている。そのためか、レイヴン城のような城は有していない。


 街の中心に位置するのが辺境守備隊ボーダーガードの本部が入る中央庁舎ちょうしゃ。水平方向にのびた二階建ての建物で、つくりが周辺の建物と変わらないため、街の風景にとけ込んでいる。


 パトリックはそこへ現状の確認に向かい、僕らは隣接する宿舎で待機した。いつでも『交信』できる態勢を整えているので、自由気ままに行動できる。スージーの能力のありがたみを実感した。


 夕食前に戻ってきたパトリックから報告を受けた。いまだに手がかりが見つからず、〈樹海〉の奥深くまで捜索の手をのばすかどうかで、意見が二分にぶんしているそうだ。


 単なる遭難そうなんではないかと、冷静な対応を求める向きがある一方、〈侵入者〉の手にかかった可能性が捨てきれないなら、早急さっきゅうに手を打つべきという意見も根強ねづよい。


 やはり、この国のトラウマとなった五年前の事件――中央広場事件へと続く、辺境守備隊ボーダーガード精鋭せいえいが〈樹海〉において全滅した事件が、尾を引いているのかもしれない。


 まあ、僕らがとやかく口出くちだしする問題ではない。人手が不足しているようだし、任された仕事をこなすだけだ。その日は何事もなく、宿舎のベッドで安らかな眠りについた。


    ◇


 翌日、僕とコートニーはさっそくゾンビの対応にかり出された。


 アカデミーの研究員であるコートニーは、ゾンビ調査の名目めいもくで僕に同行する。魔導士が行方不明となった村は、ここから数十キロ東にあるため、捜索を手伝わされることはなさそうだ。


「二人とも気をつけてくださーい」


「ゾンビによろしくな」


 ロイとスージーに見送られ、宿舎を後にする。ちなみに、二人は今日一日ストロングホールドの街を散策する予定だ。


 指示にしたがって中央庁舎の大広間へ向かうと、数十人の魔導士がグループを作って待機していた。どこどこへ向かえと、ちょうど指示を出されているグループがいる。


 コートニーと一緒に待ちぼうけしていると、制服のデザインの違いに気づいた。一族の違いを表す色つきのラインが、より多く、より太くぬい込まれている。


 後から知ったことだけど、ストロングホールドを拠点に活動する魔導士は、大自然の中でゾンビを相手に活動するため、遠方えんぽうからの視認性しにんせいを重視したデザインになっていた。


 ふと同じ制服に身をつつむ一団を見つけ、その中に知っている顔があった。ユニバーシティで序列二位のクレアだ。


 彼女とはデビッドとの試合後に出会い、試合の約束を強引に結ばされた。なので、これまで城内で見かけても、なるべく顔を合わせないように気をつけてきた。


「あれ、どうしてあなたがここにいるの?」


学長がくちょうに頼まれて、一緒にここへ来たんです」


 クレアのほうから声をかけてきた。聞けば、彼女は先遣隊せんけんたいのリーダーとして、この地にかけつけたらしい。


「彼女は?」


 ただ一人、ユニバーシティの制服を着ていないコートニーに、クレアが興味を示した。


「彼女はアカデミーの研究員です。ゾンビを研究していて、その調査のためにここへ来ています」


「へぇー、アカデミーの研究員なんだ。じゃあ、頭がいいのね?」


「まだ見習いですけど」


 自分同様、パトリックが無理矢理ねじ込んだ経緯けいいがあるので、内心ないしんヒヤリとした。おそらく、身元や経歴は偽造ぎぞうしたものだろうし。ただ、コートニーは不自然さを垣間かいま見せることなく、堂々と役を演じている。


「クレアもゾンビの対応を?」


「そうよ。私はゾンビの相手じゃなくて、〈樹海〉のほうへ行きたいんだけどね。もしかしたら、『樹海の魔女』に会えるかもしれないのに。でも、土地勘とちかんがないからしょうがないわね」


 クレアが不満げに述べた。やはり、『樹海の魔女』の存在を信じ、興味を持つ人間が一定数いるようだ。


 その時、三人組の男がクレアに話しかけてきた。


辺境守備隊ボーダーガードのトレイシー・ダベンポートだ」


 まん中にいたリーダーかくの男が名乗った。年齢は二十代後半で、出身は〈水の家系ウォーターウェイ〉。長身ちょうしん精悍せいかんな体つきをしている。振る舞いに風格があるので、高い地位にある人物だと思った。


「もちろん、おぼえてるわ」


 親しくはないものの、クレアと面識めんしきがあるようだ。


「君に頼みたいことがあるんだ」


 そう前置まえおきして、トレイシーは本題に入った。彼の話を要約するとこうだ。


 三日前に、〈樹海〉の西にある廃村はいそんで、幾度いくどとなくまたたく炎が目撃された。目撃者は近くを通りかかった若者で、彼は不審に思って廃村へ立ち入った。


 すると、不審な男が火の魔法を延々と――狂ったように発動していて、その様子に狂気を感じた若者は、その場から逃げ出した。男の顔は確認していないものの、魔導士の格好だったのは確からしい。


「その不審者について調べたいから、協力してくれないだろうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る