旅の途上で(後)

     ◇


 馬車は中央地区の大通りをゆっくりと西に進み、レイヴン城の正門と中央広場の近くに差しかかった。


「見てください。この前来たところですよね」


 そう言ったスージーが観光客のように目を輝かす。自分を含む他三名に冷めたところがあるので、彼女はメンバーに欠かせないムードメーカーだ。


 ここから先は未知みちの領域。中央地区をぬけて西地区へ入り、出発から一時間以上かけて、やっとレイヴンズヒルをぬけ出した。街の巨大さ――僕らの知る街がほんの一部分だったと実感した。


 だいたい二時間間隔で見えてくる町をのぞけば、街道ぞいの建物はまばらだ。ゆるい上り坂がはてしなく続き、馬車のスピードが心持ち落ちてくる。時々、馬が休憩を取るようになった。


 風景のおもむきも変わった。レイヴンズヒルの西に広がる高地は牧畜ぼくちくがさかんで、放牧地を囲うさくや、牧草をはむ牛や羊の群れがたびたび遠目に見えた。


 出発から六時間あまりで、今日の目的地に到着した。パトリックのはからいで、この地域をおさめる領主の屋敷に宿泊させてもらう。西部の高地一帯はたいてい〈雷の家系ライトニング〉一族の領地という話だ。


 まだ寝るのには早かったので、羊の畜舎ちくしゃを見学させてもらった。ここで取れた羊毛ようもうはストロングホールドで毛織物に生まれ変わるそうだ。


 その日の晩、こっちの世界に来てから初めて、本格的に動物の肉を食べた。直前に羊とふれ合っていたので、多少複雑な気分だったけど。


    ◇


 その翌朝のこと。朝食に出された料理をキッカケに、思いがけない発見があった。料理の見た目は牛乳にひたされたおかゆといった感じで、グラノーラ的なシリアルだと思った。


「こっちはグラノーラがメインなんですね。パンばかり食べてたので新鮮です」


 スージーが見た目の印象だけで感想を言った。しかし、いざ口をつけると、物足りない味つけにグチャッとした食感で、全員がノーコメントをつらぬいた。


 僕とスージーは正直な気持ちが表情に出ていた。けれど、ロイとコートニーは顔色一つ変えずに黙々と口へ運び、大人だなと思った。


「これはオートミールっていうのじゃないか。寒い高地こうちだから、きっと小麦がとれないんだろう」


 現実に戻ってから調べると、この料理の主材料はエンバク、またはオーツ麦と呼ばれる穀物こくもつで、主に家畜かちく飼料しりょう用として栽培されている。牧畜がさかんな地域では主食しゅしょくとして親しまれているそうだ。


「これ牛乳ですか? 少しクセがありますよね」


「牛は見かけなかったから、羊の乳じゃない?」


 羊から乳をとる発想が自分にはなかった。それと暖かくて乾燥した地域でなければ、小麦を栽培できないことや、寒さに強いライ麦という品種があることも、この時に知った。


「この世界にパスタはないんですか? カルボラーナとか食べたいです」


「そういえば、スパゲッティもピザも見たことないなあ」


 スージーの問いかけで、自分も不思議に思い始めた。パン屋に居候いそうろうしてた影響もあるけど、こっちへ来てからというもの毎食パンを食べている。


 僕らのエネルギー源は基本的にパン。タンパク源はそら豆など豆類が中心で、たまにタマゴを食べるくらい。魚は割高わりだかなので野菜を優先してるし、肉に関しては市場で見かけることすらない。


「きっとここはイタリアじゃないんだろう」


「パスタを作る材料が何か欠けてるのかもね」


 ロイとコートニーが立て続けに言った。


「パスタって何から作ってるんですか。小麦粉ですか?」


「小麦粉だろ」


 ロイが僕の質問にそっけなく答えた。


「それだ!」


 しばしの間を置いて、ロイが声を張り上げながら立ち上がった。


「……どれですか?」


代替だいたいの作物でかせぐ手段ばかりに目を向けていたが、もっと手軽で簡明な方法があるじゃないか」


 ロイが歓喜かんきに酔いしれた様子で続けた。


「需要の低下で小麦の価格が下落したのなら、新たな需要を掘り起こせばいい。他の作物を作る必要も、新たな事業を開拓かいたくする必要もなかったんだ」


「パスタを作るってことですか?」


「パスタに固執こしつするつもりはないが、当面はパスタを念頭に置いて、小麦粉を使って作るものを幅広く検討していこう」


「やってみる価値はありそうね」


 コートニーが好意的に賛同した。スージーがいきなりビシッと手をあげる。


「ケーキなんかどうでしょう!」


「ケーキもいいが、なるべく保存がきくものがいいな」


 スージーのアイデアはあえなく却下きゃっかされたものの、これなら、今すぐ実践じっせんできそうだ。ひょんなことから新たな方向性が定まり、アシュリーの支援に道筋みちすじがついたように思えた。

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