旅の途上で(前)

     ◇


 出発は明日の正午と正式に決まった。ロイは今回の計画を『ゾンビ探訪たんぽう』と銘打めいうち、夕食中にこう口火くちびを切った。


「アシュリーの支援を具体化させるために、今回の計画をみのりあるものにしようじゃないか。そこで、意見や要望を出し合い、あらかじめ各自かくじ目標を定めておくぞ」


 ストロングホールドが工業都市と知り、ロイは俄然がぜん乗り気になっている。


「では、言いだしっぺの自分から。ストロングホールドは製鉄せいてつ繊維せんい産業の中心地らしいから、この国の技術レベルを計る絶好のチャンスだ。僕が直々じきじきにこの目に焼きつけてこよう。ついでに、金もうけの種がないか調べてくるよ」


「私とウォルターは自由に行動できないみたいだから、できることはかぎられそうだけど」


 僕とコートニーはゾンビ対処の手伝いをする予定だ。行方不明者の捜索にともない、人手不足におちいった部署の応援にかり出された格好だ。


 パトリックはストロングホールドにとどまって指揮をとるらしい。ロイとスージーは自由行動だけど、スージーについては、僕らとパトリックをつなぐ連絡役を務める。


「とはいえ、ゾンビ化は人口減少の主要因しゅよういん。小麦価格の下落に直結ちょっけつしている問題だから、ゾンビ化の謎を解明するぐらいの意気込みでのぞんでほしい」


 言われてみれば、ゾンビ化の解決は間接的にアシュリーの支援になるのか。ただ、その要因が支離しり滅裂めつれつすぎて、糸口すらつかめていない。


「コートニーはゾンビ平気なんですか?」


「平気じゃないけど……。ウォルターは遭遇したことがあるんだっけ?」


「二回あります。見た目はグロテスクですけど、走れば簡単に逃げきれそうですし、がむしゃらに襲いかかって来るようなことはないですよ」


「ゾンビって私達が行く街にもうろついてるんですか?」


「ストロングホールドはたまに出るらしい。でも、年に二、三件あるかどうかで、やっぱり、人口の多い場所は相対的そうたいてきに少ないみたい」


 顔をこわばらせたスージーが「二、三件……」と言葉を失った。


「ウォルター。アシュリーの支援であれこれ策をめぐらしてみたが、小麦の品種改良は手にあまるし、土地の改良は十年単位で取り組まないといけない。ジャガイモのような、この国に存在しない作物を導入どうにゅうする案もあるが、肝心かんじんたねイモが手に入らない。やはり、間接的な支援には限界があると思う」


 ロイは真剣に取り組んでくれているようで、ありがたいというか、申しわけなさすら感じる。


 僕自身は空手形からてがたを発行しただけで、まだアシュリーのために何もできてないし、僕ら四人でも、ロイとスージーが収穫作業を手伝ったことぐらいだ。


「そこで直接的な支援――つまり、ベレスフォード卿と波風なみかぜを立てない程度に対峙たいじする方向へ、かじをきりたいと思うんだが」


「具体的にどうするんですか?」


「君は魔導士として名を上げて権力を手にする。僕は商人として成り上がって財力を手にする。これが最もわかりやすく、一番手っとり早い方法だ」


 確かに、単純明快でわかりやすいけど、途方もないと思った。ただ、ロイの意見を受け入れざるを得ない。前々から、ベレスフォード卿に対抗するため、地位や権力を手に入れる必要性を感じていた。


 これまでジェネラルを雲の上の存在と考えてきた。けれど、実力主義をうたうユニバーシティならば、手の届かないものではない。今は本気でその座をねらうことを考えている。


「そのことを頭に入れ、今回の計画もそちらへ軸足じくあしを置きたい」


「わかりました」


「アシュリーのためなら私も協力します!」


 できるできないではない。やらなければいけないんだ。頼もしい仲間がたくさんできたのだから、甘えたことは言ってられない。


 絶対にアシュリーを――メイフィールドを守ろうと心にちかった。


     ◇


 明くる日、出発前に〈資料室〉へ顔を出して、しばらくストロングホールドへ行くことを報告した。


「ウォルターから声がかかったか。実は、いつでも出発できるようにって、俺にも通達つうたつが来てるんだ」


 辺境守備隊ボーダーガードは行方不明者の捜索に数多くの人員をさいていて、〈資料室〉も他人事ではないようだ。スコットとは向こうで会うこともあるかもしれない。


「もしかして、私にも来るんでしょうか……」


 そう言ったケイトはひどく心配していた。


     ◇


 パトリックの屋敷に集まり、僕らは同じ馬車に乗り込んだ。パトリックは他の同行者と一緒に、別の馬車に分かれて乗った。


 手ぜまとはいえ屋根付きの立派な馬車で、何と乗客と同数の四頭引きだ。高低差こうていさのある街道を進み続けるため、これだけの頭数が必要らしい。


 天然の要害ようがいたるレイヴンズヒルは、北から西にかけて巨大な山脈に囲まれている。それを迂回うかいするかたちで、北西に位置するストロングホールドへ向かう。


 本来なら二日で到着できる距離だけど、早寝遅起きの僕らに配慮してもらい、通常より余裕のあるスケジュールとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る