休日の昼下がり

    ◇


 文芸部のメンバーが異世界にせいぞろいしてから、二度目の休日を迎えた。


 パトリックの希望が通り、コートニーがアカデミーの研究員見習みならいとなった。そんなわけで、週の中頃なかごろからは一緒に登城するようになった。


 服装はユニバーシティの制服ではなく、パトリックのものとよく似た黒一色のローブ。てっぺんに四角い板のついた帽子も支給されていたけど、二日目からはかぶらなくなった。


 城内で顔を合わせることはほとんどない。基本的にパトリックと行動を共にし、雑用ざつようが多くて能力を使用する機会はないそうだ。


 一方のロイとスージーは、週の大半をメイフィールドで過ごした。現在、小麦の収穫作業に大忙おおいそがしで、アシュリーから手伝いを頼まれたのだ。


 スージーの希望もあって、休日の今日は総出そうででアシュリーの屋敷を訪ねた。最も年齢が近いこともあってか、スージーとアシュリーはすっかり仲良しになっていた。


 村人達は休み返上へんじょうで働いているけど、全体的にのんびりしている。僕らもちょこちょこ作業を手伝ったものの、今は長い昼休みをとっている。


 実は新技を開発した。それは〈悪戯〉トリックスターの重力操作と風の魔法を組み合わせた合体技。ひと口に言えば、空中飛行だ。


 週の始めにやっと本物の指輪が手に入り、仕事の合間あいまをぬって、ひそかに風の魔法を練習した。


 そのかいあって、〈悪戯〉トリックスターに頼ることなく、指輪の力で完璧に魔法をあやつれるようになった。まだまだ弱々しくて、試合で通用するレベルではないけど。


 人目ひとめにつかない屋敷の裏手で、特訓の成果を三人に披露することになった。『突風』を推進力すいしんりょくけんブレーキに利用し、まっすぐ立った状態からスキップのように五メートル前方へ飛んだ。


 重力は十分の一程度にとどめるのがコツだ。完全に無効化すると、勢いあまって空中で回転してしまう。


 十メートル程度なら、ためらうことなく飛べるようになったけど、依然いぜんとして、空中でバランスをくずすことや、着地失敗への恐怖感が残っている。


「ウォルターの能力は空も飛べるんですか?」


「能力と魔法を組み合わせなければ、制御できないけどね」


 スージーが羨望せんぼうのまなざしで、こう続けた。


「ウォルターがうらやましいです。私の能力は携帯電話みたいなものじゃないですか」


「いや、この世界に携帯電話があれば、たちまち陳腐化ちんぷかするが、それは当面あり得ないから胸を張ったほうがいい。少なくとも、この僕よりはね」


 ロイが自虐的じぎゃくてきにスージーをなぐさめた。


 ロイは〈梱包〉パッケージングの能力をまだ持てあましている。荷物の軽減と手間の削減はできるものの、まだ有効活用する道を発見できてない。


 ただ、ロイは目玉焼きの作成をマスターしている。


 手順は簡単。タマゴと火を『梱包こんぽう』して、作業工程を思いうかべるだけ。フライパンは必要なく、火は魔法で発現させたもので問題ない。焼き具合も調整できて、半熟はんじゅくもお手の物だ。


 けれど、ロイはこういった能力の使い方を心良く思っていない。


「目玉焼きを作ってください」


「僕は自動目玉焼き作り機じゃないから」


 最近は、スージーから頼まれても、こんな感じでかたくなに拒否している。


     ◇


 屋敷前に戻って、作業を手伝いながらアシュリーや村人達と歓談した。


 その最中さなか、突然静かになったスージーが、そっぽを向いて「はい」と声を上げた。さらに、つかのの沈黙の後、ささやき声でこう言った。


「今はみんなとメイフィールドにいます」


 スージーの〈交信〉メッセージングは無声でかまわないけど、自分も時々声が出てしまう。この場に不在で、スージーがリンクをつないでいる相手は、パトリックしかいない。


学長がくちょうが今からここへ来るそうです」


     ◇


 三十分後、馬車をかったパトリックが姿を見せた。微笑をうかべながらも、きびしい表情をしていたので、思わしくない事態の発生を予感させた。


 パトリックはアシュリーとあいさつをかわした後、僕らを離れた場所まで連れて行って、深刻そうに切り出した。


「実は北方ほっぽうの〈樹海〉で気がかりな事件が起きまして、私もそちらへ向かうことになりました。明日にも出発しなければなりません」


「何が起きたんですか?」


「さしあたっては、魔導士が一人行方不明になっただけですが……」


 それだけではないと言いたげな表情だ。


「応援要請を受け、城塞守備隊キャッスルガード先遣隊せんけんたいが本日出発しました。そこで、みなさんも私に同行していただけないかと思いまして」


 パトリックの提案に一同口をつぐんだ。気楽な旅行という雰囲気ではないし、全員となると、うかつに返答できない。


「別に、危険なことをさせるわけではありませんから、安心してください。以前ウォルターは、この国を見て回りたいとおっしゃってましたよね。向かう予定のストロングホールドは、レイヴンズヒルに次ぐ第二の都市ですから、見聞けんぶんを広めるのに格好の場所です」


「じゃあ、旅行みたいなものなんですね」


 スージーがホッとした様子を見せる。個人的にも魅力を感じたけど、それだけの理由で僕らを連れて行こうとするとは思えない。


「本当にそれだけですか?」


「場合によっては、ウォルターには危険な役割をになってもらうかもしれません」


 パトリックが改まった調子で言うと、再び場の空気が引きしまった。予想がついていたのでおどろきはない。


「『樹海の魔女』というやつですか?」


「魔女とは思っていませんが、念頭ねんとうにあります」


 パトリックの表情が一段とけわしくなった。以前、『樹海の魔女』は単なる迷信めいしんで、〈侵入者〉が噂として広まったものだと、パトリックは断じていた。


 でも、〈侵入者〉が相手だとすると反応がオーバーだと思った。人数がかぎられているせいか、この国の人達は〈侵入者〉に対する危機意識が低い。


「それとコートニーにもやってもらいたいことがあります」


 パトリックがコートニーに歩み寄っていく。


「あなたの〈分析〉アナライズを、ゾンビに対して使用してもらいたいのです。ストロングホールドは辺境守備隊ボーダーガードの本部がある場所で、郊外こうがいに出れば、ゾンビに遭遇することがめずらしくありません」


 ゾンビという単語を聞くと、スージーがかすかに身をふるわせる。


「わかりました」


 ところが、当のコートニーはほとんど動揺を見せずに承諾した。


 こうして、明日ストロングホールドへ出発することが決まった。

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