ショッピング(後)

     ◇


「この店が私のお気に入り」


 一通り見て回った後、ダイアンがそう言った店に入った。ダイアン行きつけの店だけあって店内は女性ものが中心だ。


「かわいい」


 目を輝かせたスージーが、手に取った商品をながめながら、感嘆かんたんの声をもらす。一方のコートニーはまゆ一つ動かさず、入念にゅうねんにそでやすそたけをチェックしている。


 生地きじにしてもデザインにしても、五十年くらい着古きふるした印象を受ける。ただ、それが逆に味わいを生みだしていて、コスプレ臭を消していた。


「これなんかどうですか?」


 スージーが自身の体の前に薄手うすでのワンピースをかかげた。日常的に着ることを考えた、落ち着いたデザインだ。


「うん、似合ってる」


「そんな格好の人を街でよく見かけるな」


 値段を聞いてみると、結構お手頃だったのでひと安心した。二人に二着ずつ買ってもふところが痛まない金額だ。感覚的に言えば、2980円くらい。


「お金は大丈夫なの?」


「全く問題ないです」


 コートニーの問いかけに胸を張って答える。


「じゃあ、僕の服も新調しんちょうしてもらおうかな」


「いいですよ」


 冗談っぽく言ったロイにも、余裕の表情で応じる。


「だったらいいや」


 こういう時に、そう言うのがロイの性格だ。


 予定通り、スージーとコートニーが夏物なつもののワンピースを二着ずつ購入した。


 日が落ちるのも遅いし、現実同様にこっちも真夏だ。けれど、うだるような暑さはない。冬の寒さはわからないけど、今から心配するのは気が早いか。


 急いで帰る理由もないので近隣の店を見て回った。他の通りへも足をのばし、食器・おけ・ほうき・エプロン・スカーフと、ついつい日用品にちようひんを買い込んだ。


 おまけに、通りのはずれで見つけた小物こもの屋で、みんなに内緒ないしょで私的な買い物までしてしまった。


     ◇


 家に帰り着いた時は夕方になっていて、もう夕食の準備に取りかからないといけない時間だった。今日こそダイアンの手をわずらわせないと決めて、僕がベーカリーまで送った。


 実際は三、四日ぶりだけど、久々に二人きりになった気がする。疲れていたので、おたがい言葉少なだった。


 西日にしびに照らされたダイアンの横顔を盗み見ながら、坂道をくだり続ける。その視線に気づくと、彼女は微笑をうかべて、すぐに顔をそらした。ダイアンは顔を見合わせるのをさけるところがある。


 ふいに世間話が始まり、耳をかたむけながら、ポケットに忍ばせたプレゼントをいじる。ベーカリーが見えてきたところで、それの出番がやってきた。


「これ、今までのお礼にと思って」


 そう言って、バラのような花をかたどったブローチを差しだした。ダイアンは僕の目を見つめ、うれしそうにしながらも、ちょっととまどい気味に受け取った。


「まだ、こんなものしか用意できないんだけど」


 二週間近く面倒を見てもらったのだから、ブローチ程度で帳消ちょうけしにできると思ってない。ダイアンは左胸にブローチをつけると、胸元のそれを見せびらかしながら、おどけた様子でこう言った。


「次はもっとスゴいものをプレゼントしてくれるのね」


 その言葉にどう返事していいかわからず、笑ってごまかした。


     ◇


 ダイアン直伝じきでんのレシピ通りとはいえ、コートニー主導しゅどうで作られた夕食は、なかなかの出来できばえだった。


 僕らの力だけで生活していく自信がついたものの、それはダイアンと会える機会が減ることを意味する。そうあるべきと頭でわかっていても寂しさを感じた。


 食事の後片づけを終えて二階へ上がった。家のベッドはとにかく大きく、二階の半分以上を占有せんゆうしている。そのおかげで、四人が悠々ゆうゆうと横になれるんだけど。


「もう六時半は回ったのかな」


「もう回ってると思います。あと十分もないと思います」


 常に時の鐘に耳をすますよう心がけているし、先駆者せんくしゃとして時間感覚には自負じふがある。ちなみに、平日は同じ時刻に起きるとみんなで示し合わせている。


 僕らは川の字(一本多いけど)になって寝ている。二人の先輩が僕とスージーをはさむような位置関係だ。


 いくらベッドが広いといっても、スージーは手の届く位置にいるし、コートニーの寝顔ねがおもうかがえる。これが現実なら、目がさえてしまい、とても眠れる状態ではないだろう。


 幸いにも、なかば強制的に――あたかも失神しっしんするように眠れるので、その心配は無用だ。当初とうしょは散々苦しめられたものの、今では感謝の気持ちすらある。


「時計がないと不便ですね」


 ベッドに寝っころがったスージーが言った。


「そうだ。時計を発明して大もうけしようか?」


「時計を一から作るんですか?」


「一から作る必要はない。仕組みを教えて作ってもらえばいいんだよ」


 振り子時計の件はグッドアイデアだと思った。自らの手で一から製作することをつい考えがちだけど、個々の部品に目を向ければ、この世界に少なからず存在している。


 これがロイの言った頭を使うということか。そう感心していたけど、次の日にロイがこんなことを言い出した。


「仕組みを完全に理解して、部品を作れる人物を探し当て試作品しさくひんを作る。そこまでいくのだけでも数カ月はかかるだろ。製品として販売するとしたら、莫大ばくだい元手もとでがいるし、普通に一年以上かかりそうだからあきらめた。最初は蒸気機関でも作って革命を起こすぐらいの気持ちでいたけど、絵空事えそらごとだと思い知らされたよ」

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