ショッピング(前)

     ◇


 異世界におけるしんの休日が到来とうらいした。先週はベレスフォード卿の屋敷へ行ったり、ゾンビに遭遇したりで、休んだ感覚がない。


 日曜日なので急ぐ必要はなかったけど、普段と同じ時間に起きた。


「ウォルター、おはようございまーす!」


 スージーは僕よりも早く起きていて、庭を散歩していた。ロイとコートニーはまだ寝ている。


「早いね」


「はい。九時前にこっちへ来ちゃいました」


 スージーにとっては今日が二日目。まだまだ道を歩いているだけで楽しいのだろう。


 自宅は一階も二階も十二畳ほどの広さ。もちろん、水道も電気もガスもない。水は近くの井戸へくみに行き、調理ちょうり暖炉だんろで行う。今は日が暮れる前に眠りにつくので、電気には困っていない。


 ちょうど四人が座れるダイニングテーブルで、ダイアンが届けてくれたパンを、チーズや豆と一緒に食べた。


「この四人で朝食を食べるなんて不思議な気分だな。言うなれば、ここは文芸部の合宿所だな」


 ロイが感慨かんがい深げに言った。確かにそうだけど、意外としっくりきている。日頃から部室で静かに読書するという、家族的な過ごし方をしているせいか、沈黙も気にならない。


「今日はどうするの?」


「予定は特にありません。学長がくちょうの屋敷にでも行ってみますか?」


「私、街を心ゆくまで見て回りたいです」


「服でも買いに行ったらどうだ。君達の服は借り物だろ?」


 すっかり忘れていた。正確には全員分ダイアンからの借り物だ。ロイの意見が採用され、服屋の場所を聞きにダイアンのところへ向かった。


「東南地区にもあるけど、中央広場の近くに服屋が集まる通りがあるの。そこが一番安くて品ぞろえもいいのよ。今日は休みだから一緒に行こうか?」


 ダイアンの厚意こういに甘えた。身じたくに時間がかかるということで、先に自宅へ戻ると、すでに三人は家の前に出ていた。あと、見おぼえのあるカラスが石塀いしべいの上にいた。


「お姉ちゃん、マブいねえ。どこから来たの? 僕もお姉ちゃんの世界に連れて行ってよ」


 ルーはコートニーに話しかけるのに夢中で、まだ僕に気づいていない。


「ウォルター、おもしろいお客さんです」


「ここではカラスがしゃべるの?」


「そのカラスだけですよ」


 ルーはこちらに気づくなり、「チッ」と舌打ちというか、口で言った。


「おい、小僧。お嬢ちゃんのそばから離れたことだけは評価してやるよ」


 そう吐き捨てるように言って、そそくさと飛び去った。


 ルーが僕の前に姿を現したのは久々ひさびさだ。他の言葉を話す動物と遭遇していないし、現実世界のことも知っている口ぶりだった。いったい、何者なんだろう。


     ◇


 ダイアンと合流し、家の前の路地ろじを少し行って大通りへ出た。


 大通りは丘の南端をそうように進み、レイヴンズヒルを東西に横断する大動脈だいどうみゃく。そのため、沿道えんどうには役所・ホテル・高級店などが建ちならんでいる。


 手持ちのお金はあるものの、服の相場がわからないので、行きがけにパトリックから軍資金を借りた。他人に甘えてばかりた。これではアシュリーの支援などと言っている場合ではない。どうにかしないと。


「見てください。大きな門があります」


 右手にレイヴン城を見ながら三十分ほど進むと、勇壮ゆうそうな門が見えてくる。思わずスージーと一緒に見とれてしまった。


「あれはレイヴン城の正門よ」


「君は毎日見ているんじゃないのか?」


「いつも裏側を遠目とおめに見ているだけですから。それに周辺がゴチャゴチャしていて全体が見えないんです」


 城では大半の時間を東棟ひがしとうの〈資料室〉で過ごし、文書などを届けに、たまに西棟にしとうへ行くぐらい。出入りはもっぱら東門で、正門には近づかない。


「正門付近は大物貴族が屋敷をかまえているから、行っても何もないからね」


 大通りと交差する通称中央通りへ入る。ここは大通りに負けず劣らずの巨大な通りで、北に進むとレイヴン城の正門に、南に進むとロータリーのような広場に行き着く。


「ここが中央広場で、遠くに見えるのが大門おおもんよ」


 中央広場の名は二つの方向から記憶にきざみ込まれた。一つは中央広場事件の現場として、もう一つは巫女みこのえがかれた絵画かいがの舞台としてだ。


「例の絵画でえがかれていた場所だよな?」


「そうです。あの塔にも見おぼえがあります」


 広場の中央にそびえる塔は五十メート近い高さがある。相当古いものらしく、きざまれた文字はちかけていて読めない。


 広場からは放射状に複数の通りがのび、多くの馬車や人が行きかって四方八方へ散っていく。中央通りの果てに巨大な大門を望むことができるけど、ここからではミニチュア同然だ。


 中央通りからはずれ、小さな通りに入ったところが目的地だった。ファッション街というより問屋街といった感じで、雑然ざつぜんと商品をならべる小規模の店が、のきをつらねていた。

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