お泊まり会(後)

     ◇


 とりあえず、先日の行動をなぞることになった。なぞると言っても、ヒマをつぶすだけだけど。やっぱり時間的に早すぎるのだろう。


 ベッドへ横になったつじさんはマンガを読みふけり、用意のいい小谷こたに先輩は、机のイスで持参じさんした小説を読んでいる。


 僕と土井どい先輩はテレビを見たり、ゲームをしたりしていた。


 何度か思い出したようににらめっこを再開してみたけど、思ったような展開にはならなかった。


 八時半に食事をとった。持ち寄ったお菓子を食べただけなので、食事というよりおやつだ。


太田おおた先輩はもう働いているんですか」


「そうだ。向こうでは太田くんがかせぎがしらだ。持ち家もあるし、買ってもらいたい物があったら、何でも太田くんに頼むといい」


「えっ、家も持ってるんですか?」


「ローンがたんまり残っているけどな。お世辞せじにも広いとは言えないが、二階建てだし四人で暮らすなら十分かな」


 食事中、土井先輩と辻さんは異世界の会話をずっとしていた。例によって、自分は会話に参加できない。まさしく、うんともすんとも言えない。


 小谷先輩は話半分に聞いていた。幼い子供同士の話を聞く感じで。まだ信用できていないのだろう。ただ、一度だけ質問をした。


「向こうの食事はどんな感じなの?」


「私も聞きたいです」


「太田くんがパン屋に居候してたこともあるが、基本パンとスープだ。スープは豆と野菜しか入っていなくて、見た目はパッとしない。だけど、スパイスがきいていて味はいいよ。もちろん、肉や魚が向こうにないわけじゃないぞ」


 夢のある話ではないので、辻さんの反応もにぶかった。


 実際、ダイアン特製とくせいスープは見た目のいろどりが良くない。食欲をそそらないとはいえ、毎日食べていても飽きないほど、味つけはもうぶんない。


     ◇


 そうこうしているうちに、時刻は九時半を回った。


 マンネリ感で沈黙につつまれがちになり、テレビの音だけがむなしく部屋にひびいている。このままだと、文芸部のお泊まり会で終わってしまう。


「何か忘れてないか?」


 土井先輩に投げかけられた言葉でハッとなった。この間は、直前に引きだしをのぞいていたのを思いだした。さっそく引きだしを開けた。


「おい、何だそれは!」


 すると、土井先輩が度肝どぎもをぬかれたような声を上げた。


「見えるんですか?」


 土井先輩が目を丸くしながらうなずいた。この前とは正反対の反応だ。異世界へ行ったことで視認できるようになったのだろうか。


 そのやり取りを見た辻さん、少し遅れて、小谷先輩も様子を見に集まって来た。


「君達にも見えるか?」


 しばらく引きだしに目を落とした小谷先輩が、おもむろにそこへ手をのばした。


「これぐらいしか目につかないけど?」


「それは関係ありません」


 取りだされたUSBメモリを、僕は即刻そっこく回収した。


「それに何が入っているのか、だんだん興味がわいてきたよ」


「すいません。二人ともベッドのほうへ行ってもらえますか」


 別に恥ずかしいものではない。でも、やっぱり見られたら恥ずかしいので、話をはぐらかした。


 引きだしに顔を近づけた。鼻先はなさきにただよう黒煙を見つめながら、祈るような気持ちで念じる。頃合を見はからって二人を振り返った。


「見えた……」


 そうつぶやきながら、反射的に立ち上がった。うかび上がった文字を凝視ぎょうししながら、フラフラと二人へ歩み寄る。


 〈委任〉デリゲートに関する文面ぶんめんは、この間と全く同じだ。異なるのは『対象に与えられる能力』の項で、二人分が別々に表示されていた。


「僕の時と一緒か?」


「与えられる能力が違います。小谷先輩は〈分析〉アナライズ、辻さんは〈交信〉メッセージングと表示されています」


〈分析〉アナライズ〈交信〉メッセージングか……」


「何かあったんですね!」


「どういうことになってるのか、説明してくれる?」


 辻さんは手に汗にぎり、小谷先輩は怪訝けげんな表情だ。


「よく聞いてください。小谷先輩には〈分析〉アナライズ、辻さんには〈交信〉メッセージングの能力をプレゼントします。その代わりに、命令を一つだけ聞いてもらいます」


「異世界へ連れて行ってもらえるなら何でもします!」


「内容によるけど……」


 辻さんは危なっかしいほど無防備だ。


「たいしたことじゃありません。一緒に異世界へ行って、僕に協力してください」


「わかりました!」


 辻さんは話をかぶせるように即答した。


「その内容なら……」


 小谷先輩も同意したけど、どう対応したらいいか困っている感じだ。


『契約が成立しました。本当によろしいですか?』


 目の前の表示が切りかわって、心の中でうなずいた。その矢先、この前と同じ光の粒を見出みいだした。


「目を閉じてください。これから光ります」


 とっさに注意をうながした。まぶたを閉じてもわかる凄絶せいぜつな光がはじけ散った。


「何なんですか、今の!?」


「来るとわかっていてもスゴいな」


 光がおさまった時、心臓付近にするどい痛みが走った。土井先輩の時と同じだ。いや、その時より数段強かった。偶然とは思えない。能力の使いすぎを抑制よくせいさせるものだろうか。


「さあ、あとは寝るだけだな」


 土井先輩がそそくさと布団の用意を始めた。僕は心臓に走った痛みが気になり、ボーッとそれを見守った。


「もう異世界へ行けるんですか?」


「おそらくな。少なくとも、僕の時はそうだったよ」


「先輩、異世界へ行けるそうです!」


 辻さんが小谷先輩の両手をとって喜びにわいた。小谷先輩はさっきの発光現象のショックからか、あ然と部屋を見回している。


「そういえば、向こうに着いた時、僕は上半身裸だったよな?」


「自分もそうでした」


 土井先輩が思惑おもわくありげに顔をニヤつかせ、目で合図を送ってきた。魂胆こんたんは察せたけど、普段は男女関係の話題をおくびにも出さないので、意外だった。


「少し用意があるから、僕らは先に行くよ。二人は五分ぐらいたってから、横になってくれ」


「私、そんなに寝つきが良くないんだけど?」


「大丈夫、大丈夫。寝ようと思えばあっという間さ」


 土井先輩はいい加減な返事で済ませ、部屋の電気を消そうとした。


「よし、異世界合宿の始まりだ」


 いさましいかけ声が上がった後、部屋の電気が消えた。文芸部が合宿を行うのも変な話だ。


「楽しみですね」


 暗闇につつまれた部屋に、辻さんの無邪気むじゃきな声がひびいた。

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