謎の能力(前)

     ◇


 異世界にたどり着くなり、さっそうと起き上がった。


「二人はどこに現れると思う?」


「……僕達はベーカリーの屋根裏部屋でしたよね」


「急ぐぞ!」


 ロイにガッと肩をつかまれ、引き気味にこう言った。


「……ロイって、そんなキャラでしたっけ?」


 階段をかけ下りて新居を飛び出した。脇目わきめもふらずにベーカリーへ全力疾走しっそうする。時間は五分とかからなかった。


 厨房ちゅうぼうのトーマス夫妻に断りを入れ、屋根裏部屋にのびるハシゴの下に到着した。


「君が様子を見てきてくれ」


 あれだけ張りきっていたロイが、土壇場どたんばでおじけづいた。


「えっ!?」


 短い言葉に抗議の気持ちを目いっぱいにこめた。男なのだから見たいという気持ちは当然ある。ただ、後々が怖いという気持ちが、少しだけまさっていた。


「ほら、僕はダイアンさんと親しくないし、それに全力で走ったら、どんよりとした感情が残らず発散はっさんされてしまったようだ」


 口ではロイに一生勝てないかもしれない。諦観ていかんの念に支配されながら、しぶしぶハシゴをのぼった。


 屋根裏部屋に恐る恐る顔を出すと、思いがけず女性の裸体らたいが目に飛び込んだ。背筋せすじのラインからお尻の割れ目までくっきりと。


 ちょうどダイアンが着替え途中で、ワンピースの肌着を胸元までたくし上げたところだった。


 あわてて頭を引っ込めようとするも、勢いあまって後頭部こうとうぶを下り口のふちにぶつけた。


「いて!」


 さけび声を上げながら、ハシゴからすべり落ちた。


「大丈夫か?」


 二階の床に尻もちをつき、ロイに抱き起こされる。立ち上がる途中、屋根裏部屋からそそがれる視線に気づいた。


 ダイアンが怒りと羞恥しゅうちを宿した瞳を、こちらへ向けている。気が動転し、言いわけの言葉は口をついて出ない。


「何か用?」


 ただ、心持ちほお紅潮こうちょうさせながらも、ダイアンの声音こわねに怒りの色はうすかった。


 単なる事故と考えてくれたのか、大人の対応をされた。安堵あんどしたとはいえ、子供あつかいされた気がしないでもない。


 着替え終わったダイアンに事情を説明した。


「また別の子を連れてくるってことね?」


「はい」


「どんな子なの?」


「二人とも同年代の女の子です」


「へぇー、女の子なんだ」


「こっちに来てから、もう十五分はたったよな?」


「いったん、家に戻ってみましょうか」


 ダイアンに二人が来たら連絡をくれるよう頼み、僕達は新居へ帰ることにした。


     ◇


「あっ、いましたよ!」


 近所まで戻ってくると、聞きおぼえのあるハツラツとした声が耳に届いた。


「センパーイ!」


 目を向けると、つじさんが二階の窓から身を乗り出して手を振っている。後ろには小谷こたに先輩の姿もあった。


 当ては見事にはずれた。素直に部屋で待つのが正解だった。本来は喜ぶべきところなのに、何とも言えない雰囲気になった。


 ただ、二人が上半身裸でなかったのが、せめてもの救いだ。ロイと無言のまま二階へ上がると、ランランとした辻さんがかけ寄ってくる。


「ここが先輩達の言ってた異世界ですね。私は信じてましたよ!」


 僕達の手を取った辻さんが全身で喜びを表現した。


「二人はどこに行ってたの?」


 対照的たいしょうてきな小谷先輩は、もう平常心を取り戻していた。


「別の場所にいるかと思って、二人をさがしに行ったんです」


「君達、その服はどうしたんだ?」


 ロイが落胆らくたんの色をありありと見せながら言った。


「最初から着てたけど?」


「ちなみに、このベッドで目が覚めました」


 自分が彼女達を連れて来たのだから、寝ていた場所に現れたということか。二人が着ているのは白いワンピースの肌着。飾り気のない素朴そぼくなものだけど、新品同然にキレイだ。


「一階も見たけど、あまり生活感がないのね」


「おととい引っ越してきたばかりですから」


 まだ一度も休日が来ていないし、ここは朝食と夕食をとって、寝るだけの場所にすぎない。


「私、外を見に行きたいんですけどダメですか?」


「その格好はマズいだろ」


 確かにマズい。パジャマで外へ出るようなものだ。とはいえ、事前の準備をしていないので、二人に着せる服がない。


 男物を着せるのは最終手段だ。すぐに服を買いに出ようと考えるも、服屋がどこにあるのか全くわからない。


 手持ちのお金で足りるのか、買い物に行って始業時間に間に合うのか。続々と問題が噴出ふんしゅつしてきて、頭がパンクしそうだ。


 救いの女神がやって来たのはそんな時だ。


「誰かが呼んでるわよ」


 最初に気づいたのは小谷先輩。窓から外を見ると、ダイアンが僕の名前を呼んでいて、両手いっぱいの荷物をかかえている。


「その子達がそうなのね。パンは多めに持ってきたの。あと、新しく来た子がまた裸なんじゃないかと思って、念のため、私の服を持ってきたんだけど」


 感激するほどのダイアンの気配りだった。二人との対面を済ませてから、すみやかに着替えに入った。


「見てください、見てください」


 ダイアンと体格が似ている辻さんはピッタリ。辻さんの喜びもひとしおで、ワンピースのすそを何度もひらめかせ、鏡がないことを残念がった。


 ひるがえって、比較的長身ちょうしんの小谷先輩はというと、そでは短く、裾もひざ上まできていて、どこか現代風のよそおいになった。


 どちらかと言えば、こっちのほうが見慣れているから違和感はないけど、なぜか微妙な空気になった。


 せっかくなので、ダイアンに二人の名づけ親になってもらった。


「コートニーと、スージーなんていうのはどう?」


 僕らと同様、名字と音のひびきが似た異世界風の名前に決まった。


「それで、ウォルターは二人とどういう関係なの?」


 ダイアンが探るような目つきをしている。僕は押しだまった。正確に言えば、話したくても話せなかった。異世界の話を現実で話せないし、現実の話を異世界で話すこともできない。


「どうしてだまったの?」


「君達、言えないような関係だったのか?」


「別にやましい関係じゃないです。ほら、話せないんですよ」


「ああ、君はこっちでもそうなるのか」


 そんなわけで、ロイが代わりに説明した。例え話をまじえたとはいえ、同じ高校に通う部活の仲間というのが、理解してもらえたかはあやしい。

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