お泊まり会(中)

     ◇


 小谷こたに先輩とつじさんを異世界へ連れて行く約束は、期末テスト終了後の週末に行うことが決まった。それまでの数日間は、連日〈資料室〉へ顔を出した。


 貴族の可能性もあるゾンビの出現で、〈資料室〉は二、三日大忙おおいそがしだった。いまだに犠牲者の身元は不明で、貴族をよそおった〈侵入者〉の疑いが取りざたされている。


 ロイは晴れてパトリックの助手となった。帰りがけに一時間近く顔を合わせるけど、基本的に別行動を取っている。助手とはいえ、四六時中パトリックに付きそうわけでなく、レイヴン城に同行したこともないそうだ。


 現状、ロイは民間人にすぎない。セキュリティ上、城内へ入るには煩雑はんざつな手続きが必要だ。なので、主に手紙を届けたり、買い物を頼まれたりするそうだ。


 自由時間が多いので、ヒマを見つけては屋敷の書物に目を通し、用事のついでに街を散策さんさくしたりと、有意義ゆういぎな時間をすごせていると言っていた。


 約束の日が二日後にせまった日に、異世界のほうで大きな出来事があった。


手頃てごろな住宅を見つけたので、二人でそちらへ移りませんか?」


 終業後にパトリックから呼び出されて、唐突に告げられた。パトリックの屋敷に下宿中のロイは、せまい物置で寝起きしている。


 ある意味、僕らは抜群ばつぐんに寝つきが良いけれど、粗末そまつ急造きゅうぞうベッドを不憫ふびんに思ったパトリックが、あちこちに手を回して新居しんきょを探してくれた。


 ベーカリーの屋根裏部屋で生活することに、不自由を感じるどころか居心地いごこちの良さを感じていた。けれど、いつまでもダイアンに迷惑をかけられず、少し前から、そろそろ潮時しおどきだと考えていた。


 まだ先行さきゆき不透明だけど、小谷先輩と辻さんの件も決断の後押あとおしとなった。これまでの感謝を述べ、パトリックが探してくれた新居で、ロイと共同生活を始めることをダイアンに告げた。


 男二人では家事全般が立ち行かないと思い、どうせなら一緒に住んでくれないかと、ダメ元でダイアンに頼んでみた。何だかんだで、ダイアンもベーカリーに居候いそうろうしている身だし名案だと思った。


「気持ちはうれしいけど、あの部屋には思い入れがあるから」


 そう断られてしまった。仕方がない。二週間足らず住んでいただけの自分ですら、愛着あいちゃくを感じるくらいだし。


 急な話だったけど、片手で持てるぐらいの荷物しかないので、引っ越しはとどこおりなく済んだ。そして、その日のうちに、ダイアンと屋根裏部屋に別れを告げなければならなくなった。


 とはいえ、新居があるのは東南地区。ベーカリーから歩いて十分もかからない。当日はもちろん、翌日もダイアンが夕食を作りに来てくれた。朝にはパンの配達にも来るので、彼女と顔を合わせる時間はこれまでと変わらない。


 新居は大通りから少し入ったところにある一軒家。小さな家だけど二階建てで、なぐさみ程度の庭もある。各階にひと部屋しかないシンプルな間取まどりで、一階が居間いま、二階が寝室になっている。


 ちなみに、費用や当面の生活費はパトリックに工面くめんしてもらった。


     ◇


 現実では無事に期末テストが終了し、小谷先輩、辻さんとの約束を果たす日がやってきた。とりあえず、部室に集まって集合場所と日時を取り決めた。


 女子二人を自宅に泊めるという、役得やくとくながら、相当気まずい状況を考慮し、土井どい先輩も一緒に泊まることになった。


 土井先輩にまかせても良かったけど、自分も二人を迎えに行った。


 二人の私服は運動公園の時も見たので、それほど新鮮さはない。ただ、これから自宅へ上げると思うと、だいぶ気分が違う。


 土井先輩は手ぶらだったけど、小谷先輩は通学カバンぐらいのバッグを、辻さんはパンパンのリュックを背負っている。


「辻くん。準備じゅんび万端ばんたんのところ悪いけど、武器とか食料は持ち込めないからな」


「えー、そうなんですか?」


 さすがに武器は持ってきていないだろうけど、辻さんは今から三千メートル級の山に登るかのような勢いだ。


「何を持ってきたの?」


「お菓子と着替えと……歯ブラシ、パジャマも持ってきました。あと、動きやすいようにと思って、運動靴もあります」


 本当に準備万端だ。これで異世界へ連れて行けなかったらどうしよう。


太田おおたくんの部屋は四人も寝られるの?」


窮屈きゅうくつですけど、二人にベッドで寝てもらって、僕と土井先輩は床の布団で寝ようと思ってます」


 小谷先輩の問いに答えた。特に異存いぞんは出なかった。


     ◇


 みんなを部屋に上げた。広さは十畳あるけど、さすがに四人集まると息苦しい。この日のために、みっちり片づけを行ったのでぬかりはない。


「これからどうすればいいの?」


 ベッドに腰かけた小谷先輩が言った。隣りに寄りそう辻さんは、今にもかけ出しそうなほどウズウズとしている。


「いずれ、太田くんが手品みたいなことを見せてくれるよ」


「ワクワクしますね」


 もうそろそろ夜の七時を迎えるけど、真夏なので外はまだ明るい。ダラダラするとが持たないので、さっそく先日の再現をこころみることにした。


「じゃあ、そこでジッとしていてください」


 机のイスに座って、ベッドの二人と対面し、(文字よ出ろ、文字よ出ろ)と心のうちで念じた。そして、ささいな兆候ちょうこうも見のがすまいと、二人の周囲へ目を走らせた。


 けれど、それを数分間続けてみたけど、かすかな光さえ発見できない。


 やがて、人なつっこい笑みをうかべた辻さんが、時々小首こくびをかしげて笑わそうとしてくる。にらめっこの様相ようそうをていしてくると、完全に集中力が途切れた。


「私達はずっとこうしてなきゃダメなの?」


 小谷先輩が待ちくたびれた様子で言った。


「僕の時は十時ぐらいだったから、時間的にまだ早いのかもしれないな」


 土井先輩の意見で、いったん中断することになった。

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