水路のゾンビ(中)
◇
ヒューゴが壁ぞいを走る水路のほうへ歩きだした。危機感ゼロのロイと一緒に後をついて行く。水路前の通りには多くの水夫の姿があり、同じ外観の倉庫が
ヒューゴの情報は盗み聞きして得たものと
水門から荷揚げする
灰色のローブを着た役人が数名いるけど、水夫とくらべると圧倒的に少人数だ。積み荷の検査に付きっきりで、人間へ注意をはらっている様子はない。
確かに、これなら水夫としてたやすく市街へ侵入できる。ただ、不用心と言えば不用心だけど、この程度で目くじらを立てると、経済が成りたたない気もした。
「実際、ここから侵入された例があったんですか?」
「あった。もう数年前の話だけどな。一度や二度ではなく、水門経由で市街へ侵入するのが
「じゃあ、最近はないってことですね?」
「〈侵入者〉自体捕まえられてないんだよ。ったく、連中はどこ行っちまったんだ」
まるで現れてほしいかのような口ぶりだ。ベレスフォード卿に対しても、そんなこと言ってたっけ。でも、アシュリーの両親が殺害されたのが一年前らしいから、〈侵入者〉がいなくなったわけではない。
「下に下りてみてもいいですか?」
ロイが桟橋付近を指さした。ヒューゴがうなずきを返す。
階段をつたって桟橋近くまで下りた。この桟橋と接する
桟橋から身を乗りだし、水面をのぞき込む。水は汚くないけど、すき通ってもいない。街中を大小様々な水路が走っているけど、それのたどり着く先がここなのだろう。
ざっと左右をながめてから、引き返そうとした瞬間――突然足首をつかまれ、心臓が飛び出るほどおどろいた。
力ずくで振りほどいて、桟橋から離れた。ロイが悪ふざけをしたと思って周囲を見回すも、その姿は数メートル先の場所にあり、ヒューゴも隣りにいた。
そばには誰もいない。キツネにつままれた気分でいると、こちらへ視線を寄こした二人の表情が、みるみるけわしくなった。
「後ろ後ろ!」
そして、唐突にロイがさけんだ。
とっさに振り返るも、やはり誰もいなかった。けれど、足もので何かの気配を感じた直後、
「こっちへ来い!」
ヒューゴの指示に応じ、
始めは誤って水路に落ちた水夫かと考えた。けれど、明らかに様子がおかしい。せき込むわけでも助けを呼ぶわけでもなく、
僕らだけでなく、周囲の水夫達も異状を察知していた。けれど、確信が持てないのか、
若い男が立ち上がろうとするも、片足にケガを負っているようで、あらゆる動作がゆっくりでぎこちない。
何とか立ち上がってからも、直立不動を維持できなかった。うつろな顔つきで視線をただよわせ、異様なのはひと目でわかった。
周辺が一気にざわつき始めた。後ずさって距離を取る人達が現れだす。
「こんなところでゾンビをおがむことになるとはな」
「あれが噂の……」
ヒューゴはゾンビと断じたけど、自分は迷いがあった。
けれど、ズブぬれなのは仕方ないにせよ、身なりは小ぎれいで
「本当にゾンビですか?」
「あの動きを見ればわかるだろ。ゾンビ化してから、ほんの数時間ってところか。そのぐらいだと、見た目では判別できない」
「ゾンビだ」
「ゾンビだよな」
「お前、〈
ヒューゴが身にまとう制服には、紫色のラインが入っている。〈
「後ろの壁に押しつけて、ゾンビの動きをふうじろ」
「わかりました」
まさか、ゾンビを退治する機会がめぐってくるなんて。いや、相手は少し前まで生きていた人だ。『とむらう』という表現を使わなければ。
好都合にも、ゾンビの背後に高さ二メートルの石垣がある。突きだした右腕をゾンビへ向け、
ゾンビは両腕を体の前にかざし、
「もう十分だ」
チリチリと音が立ち始めると、ヒューゴの手元で
目もくらむ
そこからは目をそむけたくなる光景が展開した。放出された
『電撃』がやむと、ゾンビは
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