水路のゾンビ(前)

     ◇


 思いがけず、ヒューゴと遭遇した。さっきまで同じ屋敷にいたわけだから用心すべきだった。


 気づかないふりをして通りすぎたかったけど、不可ふか抗力こうりょくで目が合った。ただ、さっき名前を知った相手だし、あいさつする理由もないか。


「お前、何でここにいる」


 そう思い直したのに、速攻そっこうで話しかけられた。


「ちょっとそこら辺に用があったんです」


「その屋敷から出てきたよな?」


 マズい、目撃されていた。ヒューゴが疑いの目をジロジロと投じながら、つめ寄ってくる。


「そういえば、お前とデビッドがもめ事を起こしたという話を聞いたな。それの仲直りでもしに来たのか?」


「まあ、そんなところです」


 事実ではないけど、当たらずとも遠からずだ。追及されても困るので適当にごまかそう。


「お前、最近レイヴンズヒルに来たらしいが、生まれはどこだ?」


 辺境で生まれ育った世間知らずの設定だけど、出身地は決めていない。ゲームのワールドマップのようなおおざっぱな地図なら、資料室で見たことある。けれど、地名は数えるほどしか知らない。


 あとでパトリックと口裏くちうらを合わせればいい。軽い気持ちでこう答えた。


「南のほうの山奥です」


「南に山なんてないだろ」


 方角なんて明示めいじするんじゃなかった……。


「いや、北にある山の南側ということですよ」


「どっちの山だ」


 二つ山があるのか。もちろん、そんなことは知らない。何を言っても傷口が広がりそうだ。


「こいつ、あやしいからしょっ引くか。あの野郎とつるんでいる上に、ベレスフォードとも仲良しとはな」


「ちょっと待ってください」


 ロイが横合いから口をはさんだ。


「彼は方向オンチというか、方向感覚がくるってるんです。さっきまで南地区が南にあることすらわかってなかったぐらいで。そんな彼ですから、地名はもちろん、山の名前なんて、おぼえられるわけがありません」


 自分はどれだけマヌケなんだ。今すぐ訂正ていせいしたい。


「それと誤解があります。僕らはベレスフォード卿と仲良しではありません。むしろ、さる一件で対立している状況です」


 最善さいぜんかどうかはわからないけど、悪くはない策だと思った。彼はベレスフォード卿と〈侵入者〉との関わりを疑っているからだ。


「それは何の一件だ?」


「メイフィールドに新たな倉庫群を作る計画です」


 すでに計画を知っていたのか、ヒューゴは特段の反応を見せない。


「そっちのお前も見かけない顔だな。少なくともユニバーシティの人間じゃないよな?」


「はい、単なる従者Aです」


 ロイはおくせずに言った。普通に答えて欲しかった。


「何地区のどこに住んでいる」


 疑いの矛先ほこさきがロイにも向けられた。戸籍こせきか住民票的なものを調べられたら一巻の終わりだ。現に、水夫が市街に入ることを問題視していたくらいだし。


「彼は学長がくちょうの助手で、屋敷のひと部屋を間借まがりしてるんです」


「あの野郎の助手? ますますあやしいな。二人まとめてしょっくか」


 パトリックの名を出せば、手だしできないと考えたけど、敵視する相手なら火に油をそそぐだけか。


「これをどうぞ」


 ロイがめずらしく動揺している。少し前に『梱包こんぽう』した洋ナシをワイロとばかりに差しだした。それはどう考えても逆効果じゃ……。


「何だこれは。ていうか、どっから出した」


 不審感をいだかせただけの洋ナシがつき返される。


「よし、お前らを〈侵入者〉の疑いで連行する」


令状れいじょうはあるんですか? 任意にんいですよね?」


 ロイが打って変わって強気に出るも、用語的に話がこじれそうなので、僕が割って入った。


「待ってください。何を根拠にそんなことを。僕らは学長の身内みうちみたいなものです。話があるなら学長を通してください」


 パトリックの威光いこうをとことん利用する。このぐらい見のがしてくれるだろう。


「確かに、あの野郎は対策室の顧問だ。ただ、俺はそこでつまはじきにされていてな。独自に動いているから、あの野郎の命令に従う義務もつもりもないんだ」


 見るからに気難しそうだし、厄介者やっかいものとして見放されているようだ。肩書きを利用して活動しているだけで、取りしまる権限けんげんがあるのかもあやしい。


「他の〈侵入者〉の情報を教えるなら、見のがしてやってもいいぞ」


 僕らはよそ者であっても、彼らの言う〈侵入者〉の定義には当てはまらない。それより、口ぶりからそれこそが真のねらいのように思えた。同じニオイをかぎ取ったのか、ロイの顔つきも変わった。


「この国へ侵入する手段とか、〈外の世界〉へ帰る手段でもかまわないぞ?」


 違和感いわかんは確信に変わった。彼は街の治安ちあんを守りたいのではない。〈侵入者〉と接触して〈外の世界〉の情報を聞きだしたいんだ。


 おそらく、対策室には便宜上べんぎじょうせきを置いているだけだ。


「僕らは〈侵入者〉じゃないので教えられません。ただ、〈侵入者〉を見つけるための協力ならしまないつもりですよ」


 ヒューゴと手を結ぶのは妙案だ。彼経由で情報を得られる可能性だってある。


「お前らの協力程度で〈侵入者〉が見つかるなら世話ないな」


 まあ、向こうにしてみれば、人手が増えるだけかもしれない。


「あの屋敷から出てきたのなら、ベレスフォード卿のことを調べていたんですよね? 実は、僕らもあの方のことを調べているんです。おたがいの情報をすり合わせることもできると思うんですが」


 大胆だいたんというか、無謀むぼうきわまりない。こっちの情報なんてたかが知れてる。


「どうして調べているとわかった。俺はあの屋敷から出てきただけだぞ?」


 ヒューゴが正しい。ロイ、墓穴ぼけつを掘ってませんか?


「あるすじから情報を得ていたので」


「……あの野郎か」


 相手が勝手に納得してくれたけど、肝心かんじんのすり合わせる情報がない。


「いいだろう。それなら、こっちの情報から披露してやるよ。ただ、もしそっちの情報がくだらなかったら、本当にしょっ引くからな」


 ロイを引き寄せて、こう耳打ちした。


「何か、当てがあるんですか?」


 ロイは肩をすくめて、何もないというジェスチャーを見せた。


「本当に連行されかねませんよ」


「その時は君の能力で何とかしよう」


 簡単に言うけど、パトリックの能力と違って、人間相手では使い道が極端きょくたんにせばまる。能力の効果が自身にも適用されるからだ。


 まさか、魔法で戦えってことじゃ……。


「大丈夫、大丈夫。こっちがハッタリなら、あっちもハッタリさ」

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