アシュリーの告白(中)

     ◇


「メイフィールド家が苦境くきょうに置かれたのは、約一年前に起きた事件がキッカケです。まだ私がこの屋敷に来る前の話で、それは今日のような初夏の日の出来事でした。

 その日、お嬢様のご両親に悲劇が降りかかりました。深夜、食料を盗むために押し入った〈侵入者〉から、出会いがしらに銃と呼ばれる武器で撃たれ、お二方ふたかたとも命を落とされてしまったのです」


 執事が無念そうに語った。アシュリーも暗い表情で、ワンピースのすそのほうをギュッとにぎりしめている。


 〈侵入者〉――この国へトランスポーターが送り込んだ巫女みこの命をつけねらう存在。具体的な悪事を耳にしたことで、敵としての実感といきどおりがさらに強まった。


「しかし、それは始まりにすぎませんでした。不幸は重なるもので、その同年に、収穫を間近に控えた小麦畑が河川かせん氾濫はんらんによって水びたしとなり、収穫量が半減する大打撃をこうむったのです。

 ただでさえ、年々低下し続けていた小麦価格が追いうちとなり、目下もっかのところメイフィールド家の財政は悪化の一途いっとをたどっております」


 まさにふんだりけったりとはこのことかもしれない。先輩は真剣に耳をかたむけている。日頃の軽口かるくちをたたかないか心配だったけど、時と場合をわきまえているし、環境適応てきおう能力の高さにおどろかされる。


「そんな折に、今回の話がベレスフォード卿から持ち込まれました。話の内容を端的たんてきに言えば、領地のおよそ半分の土地を長期間貸し出してほしいというものです。

 『賃貸料は小麦で得られる収入の二倍を払う』、『これから小麦価格はさらに下がり続け、そうなれば領民の多くは困窮こんきゅうにあえぐぞ』などと、様々さまざまなおどし文句で圧力をかけられました」


 執事が苦渋くじゅうに満ちた表情をうかべる。背は徐々に丸まっていき、見ているだけで心が痛む。沈黙を守り続けたアシュリーが自分の言葉で語り出した。


「私は両親の残した農地を守りたい気持ちが強いです。領民も小麦の栽培を続けたい者が大半でした。財政的な問題だけ見れば魅力的な話ですが、あの方の提案で何より受け入れがたかったのは、領民の相当数が移住と転業を余儀よぎなくされることです」


 アシュリーが決意の宿ったまなざしをこちらへ向ける。声はか細いながら力がこもり、胸にせまるものがあった。


 どうにかして、彼女の力になりたいと思った。


「ところで、その方は土地を借り受けて何をするつもりなんでしょうか? 小麦だとか、別の作物をお作りになるわけではないですよね?」


 先輩が気後きおくれすることなく話に割って入る。身分の違う相手なのでヒヤリとした。


「詳しくは存じ上げませんが、倉庫街にするようなお話をうかがいました」


 先輩の堂々とした物言いに、執事も意表をつかれている。先輩は普段着なので、格好だけ見れば従者にしか見えない。ただ、物腰ものごしや語り口に視点を移すと、それは僕と言ったほうが妥当かもしれない。


「事件が起こる以前は四名の使用人を一年を通して雇っておりました。ですが、現在は繁忙期はんぼうきのみにおさえて、お嬢様と私で広大な屋敷を持てあます有様ありさまです。

 ご両親を失われたお嬢様には身内みうちらしい身内がおらず、後ろ盾を持たない元下級役人の私では力不足です。どうか、お嬢様のお力になっていただけませんか?」


 執事が深々ふかぶかと頭を下げる。先輩が反応をうかがうように視線を送ってくる。軽率けいそつな返答をするな、そうまなざしで訴えているように思えた。けれど、とうの昔に自分の気持ちはかたまっていた。


「何でも言ってください。微力びりょくながら、お手伝いさせていただきます」


 二人を勇気づけるように言った。心なしかアシュリーの表情がやわらいだ気がした。


     ◇


 それから軽食けいしょくを振る舞われ、たわいない世間話をした後、屋敷をした。


「相手は大物なんだろ? そんな安うけ合いして大丈夫か?」


 外へ出るなり、先輩にいさめられた。


「望むところですよ。知らんぷりなんてできません」


「君は意外と頑固なところがあるな」


 苦しんでいるアシュリーに、なぜパトリックは手を差しのべなかったのか。そのことを考えていたら、無性に腹が立った。


「今から学長がくちょうに文句を言いに行きましょう」


「それはかまわないが、またあそこまで戻るのか」


 先輩がうんざりした様子を見せる。〈悪戯〉トリックスターで疲労を軽減できると持ちかけると、先輩はその提案に乗った。


「君の能力は本当に使い勝手が良いな」


 始め先輩は感心していたけど、三十分のタイムリミットがせまり、いったん能力を解除すると、こう辟易へきえきとしながら言った。


「疲労をなかったことにできるわけではないのか」


 この使い方にはもう一つ欠点がある。絶えず意識を集中しなければならず、身体的な疲労は軽減できても、精神的にはかえって疲れることだ。


     ◇


 パトリックの屋敷に到着してから、三十分足らずで家主やぬしが戻ってきた。


「どうもお待たせしました」


 パトリックは大急ぎで帰ってきたのか肩で息をしている。さっそくアシュリーの話を切りだすと、即座にこう反論された。


「私が一言でもそのようなことを言いましたか?」


 これはパトリックが正しい。なかなか次の言葉が口をついて出なかった。


「学長が言ってないのは認めます。たとえそうであっても、冷たいじゃないですか」


「残念ながら、先の一件を不問にふすため、両家の問題に介入しないとベレスフォード卿と約束してしまいました」


「君が悪いんじゃないか」


「……僕が悪いんですか?」


「ウォルターが責任を感じる必要はないですよ。両家の問題に介入する意思は、始めからありませんでしたから。いくら大層たいそうな肩書きを持っていても、私はわずかな領地も持たない平民にすぎないのですから」


 城におけるパトリックの待遇を見ると、相当の権力者のように錯覚するけど、やはり平民出身ということが足を引っぱっているのだろうか。

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