アシュリーの告白(後)

     ◇


「計画の具体的な中身はご存じですか?」


「もちろんです。一口に言えば、メイフィールドを倉庫街にするというものです。

 以前は西部を経由けいゆした陸路による輸送が主流でしたが、昨今さっこんの人手不足と水門の進歩があいまって、現在は東部経由の水運が目ざましい発展をとげています。

 地理的要因から、従来は北地区に倉庫が集中していたものの、水運の場合、積み荷を荷揚にあげするのは南地区です。そこで倉庫不足の問題が浮上ふじょうしました。

 幸か不幸か、メイフィールドはレイヴンズヒルに隣接りんせつし、積み下ろしが可能な河川が領内を走っています。この計画が実現すれば、わざわざ南地区に迂回うかいする必要がない上に、倉庫不足の問題も一挙に解決します。

 最終的には市街を拡張し、メイフィールドの一部をレイヴンズヒルに組み入れることを視野しやに入れているそうです」


 そこでひと息入れたパトリックが、僕をまっすぐに見すえて言った。


「これがベレスフォード卿の思いえがく計画です。これを耳にした時、私は完璧な計画だと思いました。経済的で理にかなっていて、私は何一つ異をとなえられませんでした。ウォルターもそう思いませんか?」


「経済的だとか、理にかなっているとか、そんなことはどうでもいいんです。これは気持ちの問題ですから」


「それは重々じゅうじゅう承知しています。しかし、これは大きな計画ですよ。決して、ベレスフォード卿が単独でし進めているものではありません」


 それに立ち向かう覚悟はあるのか。パトリックのまなざしはそう問いかけていた。そして、それは僕にあしをふませるだけの効力があった。


「私にウォルターを引き止める権利はありませんが、いたずらにこの問題へ首をつっ込めば、先の一件がむし返される危険をはらんでいることを、胸にとどめておいてください」


 とっくに足を一歩ふみ出している。何を言われても、今さら足を止める気はないけど、出鼻でばなをくじかれた気分だった。


「とはいえ、利益を得る勢力があるなら、当然不利益をこうむる勢力があります。この計画には反対勢力も多く、どちらかといえば私もその立場です。理由は単純でこの国を二分にぶんしかねないからです」


「それなら、学長がくちょうも協力してくれるんですか?」


「それはできません。ウォルターは誤解してるのかもしれませんが、私は少し世渡よわたりが上手なだけの臆病おくびょう者ですから」


 光明こうみょうがさし込んできたと思ったのに、パトリックに臆面おくめんもなく言われた。


「そう思っているなら、それを変えていく努力をしましょう」


「お断りします。私はそれを短所や欠点だと考えていません」


 もうパトリックの協力はあきらめよう。自分一人でもどうにかするしかない。


 アシュリーの執事は自身のことを元下級役人だと謙遜けんそんしていたけど、自分も下級役人に変わりない。領地どころか、今も屋根裏部屋に居候いそうろうしている身。アシュリーのためにできるのは、微々びびたることかもしれない。


太田おおたく……いや、ウォルターだったっけ。心配するな。リスクを負わずに彼女を助ける方法があるぞ」


「聞かせてください」


 ワラにもすがる思いで先輩を見つめた。


「簡単なことさ。君が前面に立たなければいいんだ。そのベレスフォード卿って人と、バカ正直に正面からぶつかる必要はない。結局のところ、彼女がつけ込まれた理由は財政的に苦しいからだろ?

 それなら、彼女を財政的に支援するだけなら、相手方と波風なみかぜが立つことはない。事によっては、君に代わって僕が前面に立つことだってできる」


「そうか!」


 目のさめるような思いで声を上げたけど、こんな疑問がたちまち頭をもたげた。


「でも、彼女を財政的に支援することができますか?」


「大丈夫。僕らにはここがあるじゃないか」


 先輩が頭を人さし指で小突こづいた。再び暗雲あんうんがたち込めていく。


「ウォルター。僕らがどれだけ時代を先どりしていると思ってるんだ?」


 自信満々に言われると、それなりの説得力を感じたものの、未来の知識が役に立つ例が簡単に思いつかない。ただ、やってみる価値はあると思った。


「なかなか頭のきれそうな方じゃないですか。私もかげながら応援します」


 パトリックが興味津々と先輩を見つめる。この二人は結構気が合うかもしれない。


「私の助手として彼を雇おうと思っているんですが、問題ありませんか?」


 僕は先輩へ視線を向けて、その提案を受けようとうなずきで合図を送る。


「こちらからもお願いします」


 先輩は軽く頭を下げながら快諾した。


「ついでに、寝泊ねとまりする部屋を探せませんか。できれば今日中に」


物置ものおきとして利用してる部屋が一つ空いています。寝起きするのは一人が限度ですが、しばらくはそこで我慢してもらい、後日、適当な住まいを用意しましょう」


 先輩が屋敷に残ることになった。ダイアンの部屋でなければ、現実に戻れないという問題が残っている。もし先輩が時間通りに起きられなかったら、もう一度こっちの世界へ戻ってくると決めた。


 僕は一人でベーカリーへ帰り、ダイアンといつもの夜をすごした。明日は日曜日なので早寝する必要はなかったけど、先輩との約束があるので、普段より早めに眠りについた。


     ◇


 現実に戻ると、先輩は先に目をさましていた。ベットに腰かけた先輩がおだやかな表情でこちらを見下ろしいる。


 体を起こすと、意味深な笑みをうかべた先輩が、スッと片手を差しだした。僕はその意図をさっし、かたい握手をかわした。


 屋根裏部屋でなくとも現実に戻ってこられる。一つの問題は解決したものの、まだ難題なんだいが残っている。それはこの部屋からでなくとも異世界へ行けるかどうかということ。


 昨日は布団ふとんで寝たので、異世界へ行く条件にベッドがないのは確定した。けれど、先輩が毎晩ここへ泊まりに来るのは現実的でない。とにかく、これは試してみるしかない。実験あるのみだ。


 先輩は午後から用事があるということで、昨日と同じ時間に向こうへ行くとだけ約束して、その日は別れた。

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