敵情視察

敵情視察(前)

     ◇


 異世界へ来てから初めて迎える日曜日。本来なら、ダイアンと休日を満喫まんきつしたかったけど、とるものとりあえず、パトリックの屋敷へ向かった。


 到着すると、パトリックと先輩がのんびりと朝食を共にしていた。結局、寝る場所の問題も取り越し苦労だった。


 他人と夢を共有できるなんて夢みたいな話だ。この世界が実在しているとしか思えない。僕が先輩をここへ連れてきたのなら、自分はどうして来れるようになったのだろう。


「ウォルターの世界の話をいろいろと聞かせてもらいました」


「僕のほうはベレスフォード卿の話を聞かせてもらったよ」


 すっかり打ちとけた様子の二人が言った。


「今日は知り合いのパーティーに招かれてるので、夕方まで戻れません」


 パトリックは食事を終えると、そう言って部屋を後にした。


「本は日本語で書かれてるし、デタラメな世界だな。考えられるのは、この世界をつくったのが日本人――要は君か、またはゲームみたいに多言語対応で、僕らの目を通した段階で翻訳ほんやくされているかの二つだな」


 先輩がテーブルに積み上げた書物の一冊をパラパラとめくる。自分は無考むかんがえに受け入れてたので、真剣に分析する様子を見て、つい感心してしまった。


「今日は南地区へ行こうと思ってる」


「……行ってどうするんですか?」


「南地区にはベレスフォード卿の屋敷がある。要は敵の本拠地ほんきょちだ。まずは敵を知ること。そして、この世界を知ることから始めようじゃないか」


 ここまで親身しんみになってもらえると、逆に気味が悪いけど、異世界へ来る前にかわした『僕を指導する』という約束を、律儀りちぎに守ってくれているのだろう。


「今さらおじづいたとか言わないよな? こっちとしては別にそれでもかまわないんだが」


「まさか」


 今の自分にいったいどれだけのことができるのか。その思いはくすぶっても、当然腹はくくっている。レイヴンズヒルの地図を頭にたたき込んでから、意気揚々と敵情てきじょう視察しさつに出発した。


     ◇


 平坦へいたんな丘の上に広がる中央地区と違い、南地区はなだらかな傾斜けいしゃが続く地形だ。南のほうは城郭じょうかく外を流れる巨大な川と標高差ひょうこうさがほとんどない。数日前に聞き取り調査へ行ったイーストダウンとも距離的に近い。


 地理的な要因から南地区は水運・水産関係の業者がのきをつらね、ベレスフォード卿は組合を取りしきる中心人物。しかも、近年水産業はドル箱たるタラの漁獲ぎょかく量増加で、活況かっきょうをていしているらしい。


 先輩と二人で南北にのびる通りを進む。一直線の下り坂が続くため、はるか彼方かなたまで見通せる。建物は東西にのびる平坦な通りにそってならんでいて、段々畑だんだんばたけのように街が形成されていた。


 坂の中腹ちゅうふくにある大通りで朝市が開かれていた。色とりどりのテントで飾られた露店ろてんが沿道につらなり、その光景は壮観そうかんの一言だ。


「少し寄って行こう」


 先輩の提案で寄り道をすることになった。


 店にならぶ商品は野菜・果物・魚介ぎょかい類といった生鮮せいせん食品が中心。多くの人でごった返す朝市は威勢のいいかけ声が飛びかい、会話するのが嫌になるほどにぎやかだ。


 僕らは敵の資金源たる魚介類により多くの関心をそそいだ。干物ひもの・塩漬けの魚・貝類が目立ち、ナマの魚は多くなかった。


 ひと通り朝市を見て回った後、再び南に針路しんろをとる。街を囲む壁がせまってくるにつれ、倉庫らしき味気あじけない建物が増えた。通りの終点が近づいてくると、幅の広い水路と岸壁がんぺきが見えてきた。


「確か、水路のすぐそばの通りだって言ってたな」


 水路の一つ手前の通りに華やかな建物が集中する区画くかくがあった。


「特徴とかは聞いてないんですか?」


「とにかくデカいそうだ。見れば、だいたいわかるとも言ってたな」


 その中でぐんをぬいて大きな建物に目星をつけた。彫刻で装飾された豪邸は権勢けんせい誇示こじするようで、僕らは門前であっ気に取られた。


「いかにもこれっぽいな。表札ひょうさつでも出ていないだろうか」


「でも、建物の大きさだけならアシュリーも負けてないですよね」


「こちらが街中まちなかにあることをのぞけばな。しかも、ここはベレスフォード卿の別邸べっていらしい。江戸時代で例えるなら、ここは江戸にある大名屋敷であり、地方にも城をかまえているということだ」


 その話を聞き、思わず感嘆の声を上げた。資金面で立ち向かうのは賢明と言えないか。表の通りは人通りが多い上に、頻繁ひんぱんに馬車が行きかっている。


 住宅地と商業地という違いはあれど、東南地区とくらべても街に活気がある。これこそが豪邸を築き上げた基盤なのだろう。


 その時、背後で一台の馬車が止まり、僕らはあわてて門前をしりぞいた。


「おや。こんなところで出会うとは奇遇きぐうだな」


 馬車から降りてきた男が言った。男の顔を振り向くとが失せた。忘れもしない、あの射ぬかれるようなするどい眼光が、こちらへそそがれていた。


「それとも私に会いに来たのかな?」


「……たまたま通りかかっただけです」


 その場しのぎのうそをついた。ベレスフォード卿は相変わらずの威圧感。いかにもずるがしこそうな笑みをうかべ、人を見くだすような態度でかまえている。


「これから昼食を用意させるところだ。君らにもごちそうしようじゃないか」


「遠慮させていただきます」


 きっぱり断った。恩を着せられたくなかったからだ。


「君とは一度ゆっくり話したいと思っていたんだ。だいぶ、誤解が多いようだからね」


「私もご一緒してよろしいでしょうか?」


「ああ……、君にもごちそうしようじゃないか」


 先輩が話に割り込んだ。積極果敢かかんすぎて、僕はおろかベレスフォード卿も動揺している。僕は「先輩」と相手のそでを引っぱった。


「好意には甘えるものだ。それに話を聞く絶好のチャンスじゃないか」


 先輩は聞く耳を持たない。ベレスフォード卿の招きに応じ、さっさと邸内ていないに足をふみ入れたので、心ならずも後を追った。

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