敵情視察(中)

    ◇


 僕らは一風いっぷう変わった部屋に通された。


 家具らしい家具がなく、扉のそばにソファが二つ置いてあるだけ。壁には数枚の絵画と巨大なタペストリーが飾られ、テーブルには置物や工芸品の数々がならべられている。まるで美術館の一室のようだ。


「ここでヒマをつぶしてくれたまえ」


 ベレスフォード卿はそう言い残して立ち去った。


「何なんでしょうか、この部屋」


「サロンとかいうのじゃないか。お茶を飲みながら世間話をするところさ」


「そんなことより、何でわざわざ恩を買いに行くようなことするんですか?」


「ごちそうにありつきたかったんだよ」


 からかうように言った先輩に、非難の目を向けた。


「冗談だよ。敵意むき出しと思われたくなかったというか、話の通じる相手だと思われたかったんだ。そのほうが相手も交渉の余地よちがあると考えるだろ?」


 意外に先の先まで見すえていた。交渉事は先輩にまかせたほうがいいのかもしれない。


「それに相手がどういう人物か知っておきたかったしな。結構気前きまえの良さそうな人じゃないか」


 先輩がテーブルに置かれた工芸品を念入りにながめ出す。自分も壁にかけられた絵画に目を移した。


「ヒマをつぶすようなものはないですね」


「君には芸術をたしなむ心はないのかい?」


「先輩にはあるんですか?」


「ないな」


 ふと先輩が足を止めた。そして、小さな純金じゅんきんっぽい置物を、執拗しつように観察し出した。はねを広げた鳥をかたどっていて、クチバシの形状を見るとカラスの可能性が高そうだ。


「この程度の大きさなら短時間でできそうだな」


 先輩が物欲ものほしそうな目つきで言った。すぐさま意図を察し、ヒヤリとしながら見守った。


「僕の能力が本領ほんりょうを発揮するとしたら、こんな場面ではないだろうか?」


「やめましょう」


「これは敵方てきがたに打撃を加えるチャンスでもある」


内申ないしんにひびきますよ」


 受験生である先輩の胸に、最も突きささりそうな言葉を選択した。


「……ここは異世界なのに?」


 けれど、至極しごくまっとうな反論をされた。


 軽い冗談と思ってたけど、隣りの置物へ関心を移したのでひと安心する。一つの絵画に目がとまった。豪華な額縁がくぶちにおさめられた油絵に、一瞬で魅了みりょうされた。


 黒いマントに身をつつんだ魔導士が、大勢えがかれている。手前にならぶ大半の魔導士は背を向け、奥の壇上だんじょうにいる魔導士だけがこちらを向いている。その場所は屋外おくがいのようで、塔か記念碑のような建造物が背後にある。


 そして、中心にえがかれた――この絵画の主役と思われる人物は、一人赤と青のラインで彩られた白いドレスで着飾っている。髪をまとめているのか、頭のてっぺんがふくらんでいて、その頭には銀色のティアラが輝いていた。


 その女性に僕の目は釘づけとなっていた。


「君が着ている服と似ているな」


 そばまで来た先輩が絵画に目を向けて言った。


「その絵が気に入ったのかな?」


 しばらく二人で絵画をながめていると、背後で声が飛んだ。


「それは『出陣式』と題された作品だ。場所は正門前の中央広場。中央にえがかれているのが巫女みこだと言われている」


 巫女というキーワードで頭の中が真っ白になった。姿を見せたベレスフォード卿そっちのけで、その女性を取りつかれたように見つめた。小柄こがらな彼女はよく見ると杖をたずさえている。


「その名の通り、この作品は人狼じんろうおう討伐とうばつに向けた出陣式をえがいたものだ。左脇に控えるのが現ジェネラル、右脇に控えるのが元辺境伯マーグレイヴだと言われている」


「……これが巫女なんですか?」


 その姿を目に焼きつけながら、茫然ぼうぜん自失じしつとたずねた。ベレスフォード卿が落ち着いた口調くちょうで語りだす。


「そう言われている。これは巫女のえがかれた数少ない絵画の一つだ」


「巫女は今どこにいるんですか? 同じ時代の人なんですよね?」


「私も君と同じだよ」


 こちらを向いたベレスフォード卿が微笑した。


「これはそれほど古い作品ではない。現に、かつて世界を恐怖におとしいれた人狼王を、我々はしかとおぼえている。しかし、不可解きわまりないことに、我々の王たる巫女の姿は思い出せない。巫女にまつわる記憶のみが、我々の頭から取りはらわれてしまったのだ」


 この話は何度聞いても理解に苦しむしかない。先輩も同じ思いだったようで、耳元でこうささやいた。


「謎が深そうだな」


     ◇


 食堂に案内され、縦に長いテーブルの席をしめる。しばらくすると、僕らを懐柔かいじゅうするように、豪勢ごうせいな食事が続々と運び込まれてきた。


 大量のバターとジャムがそえられたパン。一匹丸ごと使われた魚料理に、薄切りの干し肉がふんだんに散りばめられたスープ。きわめつけに、好きなだけ食べろと言わんばかりに、多種多様なフルーツが積み上げられている。


 ワイロを受け取っている気分になり、はしというかスプーンが進まない。対して、先輩は平然と料理に舌つづみを打っている。自分にもこのぐらいの度量どりょうが必要かもしれない。


「甥のデビッドが迷惑をかけたそうだね」


 ふいにベレスフォード卿が口を開いた。


「今後、あのようなことを二度と起こさないよう、私のほうからキツく言って聞かせた。本当に君には迷惑をかけた」


「はい……」


 素直に頭を下げられ、困惑気味に応じた。相手は意外と悪い人ではないのかもしれない。そう思ってしまった。


「それにしても、君は魔法の才能に恵まれているようだ」


 持ち上げられて悪い気はしないけど、相手のペースに持ち込まれてはダメだ。うかれて油断するなと、気を引きしめ直した。


 その後、ベレスフォード卿はアシュリーとの一件について自ら語り始めた。おおまかにパトリックから聞かされていたので、目新しい情報はなかった。


 人口減少によって物流ぶつりゅうコストが上昇し、庶民しょみんの暮らしを圧迫あっぱくしているとか、陸路による輸送はゾンビ化の危険が付きまとうとか、自身を正当化する主張が目立った。


 対立相手なので冷ややかな態度で耳をかたむけた。その一方で、先輩は相手から情報を引きだすべく、積極的に質問を投げかけた。


 例をあげれば、どの程度物流コストは上昇したのか、陸路と水運でのコストの差などだ。あげくの果てに、船舶せんぱくの大きさや積載せきさい量など、話に出てきていないことまで持ちだしていた。


 ベレスフォード卿はしだいに先輩のほうばかり向いて話すようになった。蚊帳かやの外に置かれ、疎外感そがいかんを味わっていた自分は、意味もなくスープをかき混ぜていた。


「旦那様。お客様がお見えになりました」


「誰だ」


「侵入者対策室のニコラ・グリーナウェイ様です」


「お聞きの通りだ。すまないが失礼させてもらうよ」


 席を立ったベレスフォード卿が、すぐに立ち止まって先輩にこう問いかけた。


「君の名は?」


 これは先輩を高く買った証だろう。


土井どいです」


 先輩は率直そっちょくに答えたけど、その名前が相手に聞き取れるのか疑問に思った。


「ミスター・ロイ」


「いや、土井です」


 案の定、相手にまちがえられるも、察しの悪い先輩はなぜか意地を張った。


「……ロイだろ?」


「ロイで合ってます」


 僕が横から不毛ふもうな争いに決着をつけた。ひょんな事から、先輩の呼び名がロイに決まった。合わせて、呼びすてで呼び合うことも取り決めた。

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