アシュリーの告白(前)

     ◇


 ベーカリーの近くまで戻ると、配達途中のダイアンと鉢合はちあわせた。


「ウォルター。ちょうど良かった」


 彼女があたふたとかけ寄ってくる。何か言いかけた矢先、不思議そうにこう言った。


「……あれ、今日はもう終わったの?」


「今日は休んでもいいと言われました」


「ふーん」


 相づちを打ったダイアンが、表情をけわしくした。


「そうそう。さっき配達先で小耳にはさんだんだけどね。例のベレスフォード卿の馬車がメイフィールドへ向かうのを見たっていう人がいたの」


 ベレスフォード卿は異世界に来た当日にトラブルを起こした相手だ。パトリックの仲裁ちゅうさいで、トラブル自体はまるくおさまったけど、おいのデビッドと試合をする羽目はめになったり、何かと縁がある人物だ。


「もしヒマだったら、ちょっとアシュリーのところへ行って様子を見てきてくれる?」


「かまいませんよ」


「様子を見てくるだけでいいからね。私も配達が終わったら、行くつもりだから」


 そう言って配達を再開しようとするも、ダイアンはすぐにきびすを返した。そして、顔を寄せてきて声をひそめて言った。


「朝に言い忘れたんだけど、ウォルターだけならともかく、彼もあそこの部屋に泊めるのは無理だからね」


「わかってます。あとでパトリックに相談してみます」


 拡張したとはいえ、あのベッドに三人で寝るのはきびしい。ただ、あそこでなくとも現実に戻れるかどうかが気がかりだ。


 明日も学校は休みだし、今日にも試してみよう。片方が屋根裏部屋で寝れば、現実に戻れなくても呼びに戻ることができる。


 ダイアンに別れを告げ、一路いちろメイフィールドを目指す。レイヴンズヒルを出るまでは大通りを道なりに進めばいい。


 その先の道順みちじゅんはうろ覚えだけど、メイフィールドは視界が開けているし、だいたいの方向さえわかっていれば大丈夫だろう。


 道中どうちゅう、初日の騒動について先輩に話した。それに対する先輩の弁はこうだ。


「君の因縁いんねんの相手というわけか。その二つの家は何でもめてるんだ?」


 その問いかけに言葉を失った。結局、あれから対立の原因を知る機会はめぐってこなかった。ダイアンからも事情を聞いていない。それより、パトリックは例の一件のついでに、両家の仲裁をしなかったのだろうか。


     ◇


 若干遠回りをすることになったけど、目的地に到着した。アシュリーの屋敷は場違ばちがいに大きいので、遠目とおめからでもよく目立つ。


 この間と違って、一面の小麦畑は所々に収穫された形跡があり、遠くのほうで作業を行う一団も見受けられた。


 杞憂きゆうにすぎなかったのか、屋敷の前には馬車も人影もない。念のため、訪ねて確認しようと思ったけど、この時代にチャイムは存在しない。


 訪問の作法さほうがわからず、門前でウロウロしていると、屋敷の中から見おぼえのある男性が姿を見せた。


 先日、ベレスフォード卿に怒鳴どなりちらされていた執事の人だ。僕の顔をおぼえてくれていて、訪問の理由を告げると、あっさり屋敷内へ招き入れられた。


 僕らは玄関を入ってすぐの大広間で応対された。


「ベレスフォード卿は確かに今朝方いらっしゃいました。しかし、一時間近く前にお帰りになられました。本日はお嬢様の体調がよろしかったので、少しご歓談をなされました」


「事情を教えてください。力になれることがあるかもしれません」


 僕の言葉を聞いて、執事はとまどった様子を見せた。


「お嬢様にお伝えさせていただきます」


 執事はそう言い残して、正面の階段をのぼって行った。確か、執事の向かった先にはアシュリーの部屋があったはずだ。


 目の前に広がる洋館にありがちな光景をながめる。ここはあの日に二、三度通ったけど、マジマジと観察したわけではない。


風情ふぜいのある屋敷だな」


 先輩はそうつぶやいた後、こんな豆知識まめちしきを披露した。


「こういった大広間は煙突のない時代のなごりらしい。要は、換気かんきの問題で吹きぬけの構造にせざるを得なかったわけさ」


     ◇


 数分後、執事が戻ってきた。先日、不法侵入を果たしたあの部屋に通され、久しぶりにアシュリーと再会を果たした。


 相変わらず、彼女の服装は洗練せんれんされていた。一度顔を合わせているせいか、うちとけた笑顔を見せてくれたけど、表情に疲れが見える。


 部屋の奥へと案内され、暖炉だんろの前のソファに先輩とならんで座った。アシュリーは向い合って座り、執事は直立ちょくりつ不動ふどうでかたわらに控えている。


「パトリック様から事情をうかがってます。ユニバーシティに入られたとかで」


 アシュリーと雑談をかわした。明るく振る舞っているけど、から元気な面があるのは否めない。


 内気なしぐさはケイトとそっくりだけど、彼女は発言内容もおしとやかなので、印象と実際が一致している。まあ、それが普通なんだけど。


「お嬢様に代わって、私のほうからお話しさせていただきます。ベレスフォード卿との一件をお話しする前に、私たちが現在置かれている状況を知っていただかなければなりません」


 執事はおだやかな語り口で前置きし、神妙しんみょうな面持ちで語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る