催眠テスト(後)

     ◆


「とにかく『樹海の魔女』について調べたいので協力してください」


「いやにこだわりますね」


巫女みこにつながる情報なら、どんなささいなものでも欲しいんです」


 ウォルターの巫女に対する純真じゅんしん無垢むくなまでの執着しゅうちゃく。それはパトリックの目に異様いように映った。


 〈催眠術ヒプノシス〉に似た能力がかけられているのではないか。そんな疑念が頭によぎった。それが事実なら、ウォルターはトランスポーターが送り込んだ〈侵入者〉だ。


 なぜ、〈催眠術ヒプノシス〉と同種の能力者が〈外の世界〉にいるという考えがぬけ落ちていたのか。パトリックは自身のうかつさと、能力への過信かしんにあきれ返った。


「中央広場事件と関わっているからですか?」


 パトリックの非協力的な態度にごうをにやし、ウォルターはヤケになった。それを聞いたパトリックが苦笑をもらした。


「誰の入れ知恵ですか? それを教えてくださったら、そのことについて話しましょう。あくまで教えられる範囲内のことですが」


「名前は知らないんですけど、この間の会合で大声を上げた背の高い人です」


「わかりました。彼ですね」


 パトリックはうんざりした様子で頭を振った。


機密きみつに該当する事件のため多くは語れません。しかし、大多数の人間が知る客観的きゃっかんてきな事実だけなら、お教えできます」


 パトリックはそこで息を入れてから、こう続けた。


「あれは五年ほど前の出来事です。当時、我々は〈侵入者〉の一味いちみとある交渉を進めていました。〈樹海〉において行われたそれは、最終的に決裂けつれつしました。そして、敵方と交戦する事態におちいり、護衛ごえいに同行した辺境守備隊ボーダーガード精鋭せいえいがほぼ全滅したのです。それも、なすすべなく一方的にです」


 ウォルターはゾッとして息をのんだ。この平和な国に似つかわしくない内容に、これまで〈侵入者〉にいだいていたイメージが、瞬時にくつがえった。


「中央広場事件が起きたのはほとぼりが冷めた数週間後。元老院げんろういん議長を皮切りに、計画の中心にいた重鎮じゅうちん達が相次あいついで暗殺されました。殺害の手口はいつにして電撃とナイフ。犯人ともくされたのは辺境守備隊ボーダーガードの長を務めていた男です。

 ジェネラルに勝るとも劣らないと呼び声高かった彼は、〈樹海〉において戦死したと思われていました。しかし、このレイヴンズヒルに突如姿を現し、残虐ざんぎゃくな犯行におよんだすえに、再び行方をくらましたのです」


「例の男は学長がくちょうがその友人を売り渡したと言っていました」


「これより先は機密のため、話すことはできません。しかし、私は彼を売り渡したつもりはありませんし、彼が犯人であったと確信しています」


 パトリックは悲壮感ひそうかんをただよわせながら断言した。表情には悔恨かいこんが見て取れ、その発言を疑う気持ちはウォルターに生まれてこなかった。


「以前話したトランスポーターは、〈侵入者〉を送り込む際に、好んで〈樹海〉を用います。単に潜伏せんぷく先として好都合なのか、それとも能力的な限界なのかは判断がつきかねます。

 これは私の憶測おくそくにすぎませんが、おそらく『樹海の魔女』は〈侵入者〉が噂となって広まったものでしょう。〈侵入者〉はたかだか数カ月で〈外の世界〉へ帰還しますから、十数年前の目撃証言しか存在しないのが、それを裏づけています」


 仮説には説得力があった。やっとつかんだ手がかりが根元からち切られた。ふりだしに戻ってしまい、ウォルターはため息まじりに肩を落とした。


「我々にとって、先の事件はあまりに衝撃的でした。敵が〈樹海〉の外へ出てこないのなら、あえてリスクをおかす必要はない。〈樹海〉および〈侵入者〉とは一切関係を持たない。それが事件後に出した我々の方針です。

 そういうわけですから、『樹海の魔女』について調べるのは控えてください。あなたに表だって行動されると、私の体面にも関わります」


「わかりました」


 ウォルターは渋々しぶしぶながら同意した。


 ウォルターの疑念は解決を見た。けれど、パトリックのそれは別だ。話をしている最中、彼の頭に妙案がひらめいていた。思惑おもわくどられぬように、こう切りだした。


「ウォルターは別の世界から来たと、以前言っていましたよね?」


「はい」


「その世界から他の方を連れて来られませんか? ウォルターの様な協力者が他にいてくれれば心強いですし、能力者ならば、なお幸いです」


「他の人をですか?」


 ウォルターが渋い顔を見せた。自身がどういった手段でここへ来ているかもはっきりしない。この世界自体、自身の心の中に存在するものと考えていた。


 なぜパトリックはこの話を持ちかけたのか。それはトランスポーターがかかえる能力的制限に関連している。トランスポーターが有する〈転送〉トランスポートの能力では、この国へ同時に送り込める〈侵入者〉はたった一人だ。


 厳密げんみつには、転送元への帰還を無視すれば、そのかぎりではないが、〈侵入者〉の立場になれば、それはこの国への永住えいじゅうを意味し、現実的な手段ではない。


 この情報は以前拘束こうそくした〈侵入者〉から得られたものであり、これまで捕まえた〈侵入者〉が例外なく単独行動だったという傍証ぼうしょうもある。それらは全て、〈転覆の国〉と〈外の世界〉の完全なる隔絶かくぜつが原因だ。


 仮にウォルターが〈侵入者〉ならば、新たな人物を連れてくるのは現実的でない。本人はまちがいなく躊躇ちゅうちょするだろう。パトリックの思惑はそこにあった。


「無理かもしれませんけど、試してみます」


 ところが、ウォルターからは前向きな発言が返ってきた。質問への反応で、正体を見きわめるつもりだっただけに、パトリックは困惑した。


「……何か当てがあるんですか?」


「当てというほどでもないんですけど、とにかく試してみますよ」


 目をキョトンとさせたパトリックとは対照的に、ウォルターは楽天的だ。


(部屋のベッドで寝れば、誰でもこっちに来れたりしないだろうか)


 ウォルターの頭にあったのは、自室のベッドが異世界の入口ではないかという、短絡的たんらくてきな発想だ。パトリックの発言を受けて、それを検証したいと考え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る