魔法の特訓(後)

     ◇


「ウォルター、違うのか?」


 スコットが圧力をかけるように言った。どうやら、『風』だけで戦う同志を欲しているようだ。


「まだ決めてないんだけど……」


「この間の試合は『風』のみで勝ったじゃないか。何を迷っているんだ」


 『風』だけで勝ちぬいていけるなら、それにこしたことはない。けれど、一つの属性に固執こしつする気はなかった。


「しばらくはそれでもかまわないけど、将来的にはわからないかな」


 断言すると気まずいことになるので、返答をにごした。スコットは途端に落胆した様子を見せた後、同情を誘うような視線をそそいできた。


「それが自然な考えですよ!」


 すると、ケイトが力強く後押ししてくれた。


「無理強いはしないけど、そんな心がまえでいいのか? ジェネラルはひと筋縄ではいかないぞ。何せ、あの人は氷・水・風の三つの魔法を連携させる変態だからな。そんな酔狂すいきょうなことをしてるのは、あの人ぐらいなものだ」


「それなら、なおさら複数の属性を連携させるべきですよね」


 ケイトがツッコんでしまうので出る幕がない。


 まだ魔法の連携自体目にしたことがない。それでも、三つの属性を同時に使用すると聞くと、想像するだけでスゴみが伝わる。まだ見ぬジェネラルに、俄然がぜん興味がわいた。


「本気でジェネラル打倒をめざすなら、相手の使う魔法をふまえた上で戦略を立てなければダメだ。例のクレアとまるかぶりなんだけど、やっぱり『火』と『風』の組み合わせが無難ぶなんかな」


「その場合、もう一つの指輪はどうすればいいの?」


 実は、まだ本物の指輪が調達ちょうたつできていないので、今もレプリカをはめている。


「試合の時なら誰でも貸してくれるよ。ただ、練習目的で使用する時は、日常的に貸してくれる人を確保する必要がある。そうだケイト。ちょっと、お前の指輪を貸してくれ」


「えっ、私のを貸すんですか?」


 ケイトの表情がかたまった。


「ほら」


「それはちょっと……」


 手を差し出したスコットが急きたてても、露骨ろこつな拒否反応を示した。


「ちょっと借りるだけだって。何をそんなにもったいぶるんだよ」


 スコットがじれったそうに強くせまっても、ケイトは拒否する姿勢をくずさない。


「無理に貸してもらわなくてもいいよ」


 彼女が気の毒になったので仲裁に入った。


「ウォルターに貸すこと自体、別にかまわないんですよ。でも、何日も洗っていないので、汗とかで汚れてるかもしれませんし……」


「そんなこと気にしないよな?」


 同意を求められ、ためらうことなくうなずいた。


「ほら、サイズが合わなくてぬけなくなるかもしれませんし!」


「いやいや、別に指にはめる必要ないから。現時点でどれだけ『火』を使えるか、見ておきたいんだよ。なっ、終わったらすぐに返すからさ」


 ケイトの強情ごうじょうな態度を見て、潔癖症けっぺきしょうの類か、僕を生理的せいりてきに嫌悪してるという、嫌な想像が頭をよぎった。


「わかりました」


 ほどなくして、ようやく折れたケイトが指輪を差し出した。


 その反応を見ていたので、ベタベタとさわらないよう気を使った。本物の指輪を手にするのは初めてだ。一見してレプリカとの違いは見られず、さわった感じも重さも変わらない。


「さあ、やってみよう」


 スコットが急かすように言った。


 指輪の力がなくとも魔法が使えるのは確認済み。まずは指輪の力を試してみる。


 手のひらの上に指輪を乗せ、気楽に炎を思いうかべる。十秒間ねばっても炎は現れなかった。おおげさに息をはくと、固唾かたずを飲んで見守っていた二人も、つられて同じことをした。


 僕は気を入れ直した。本腰を入れて精神の集中をはかり、燃えさかる炎を鮮明に思いえがく。すると、たちどころに炎が発現した。


 大きさもイメージ通りでコントロールも上々。徐々に密度を上げていき、この間の試合でデビッドが見せた『火球』へ近づけていった。


「すげえよ、ウォルター。これなら、すぐにでも試合で使い物になるぞ。本当にてっぺんを取れるんじゃないか?」


 スコットから賞賛しょうさんをあびて、照れくさくなった。ケイトも大きく目を見張り、開いた口がふさがらない様子だ。


 ただ、これもきっと〈悪戯〉トリックスターの助けあってのことだから、素直に誇る気にはなれない。使おうと思えば、全属性の魔法が使えるんだろうか。


「すいません。その指輪、レプリカだったんですけど……」


 ケイトの口からもれた言葉で、一気に場の空気が凍りついた。


 義務ではないものの、実務じつむで魔法を使用するユニバーシティのメンバーは、本物の指輪を所持していて当然という空気がある。


 けれど、〈資料室〉は例外中の例外。魔法を行使こうしする機会もまれだ。そのため、ケイトは親戚の頼みで指輪を貸していて、周囲に告げずに、そのことをひた隠しにしていたそうだ。


 ケイトの不審ふしんな対応に説明がついた。そして、説明責任は僕に回ってくる。


「実は、知り合いに火の指輪を持ってる人がいて、一時期火の魔法を猛練習してたことがあるんだ」


 その場しのぎの苦しい言いわけをした。


「ジェネラルをめざすようなやつは、このぐらいできないとダメなのかもな」


 あ然としたスコットを見ると、納得してもらえたかどうか疑わしい。実力者ならば、指輪なしでも多少魔法が使えるそうだけど、やはり常軌じょうきをいっしていたようだ。

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