仲間

男の警告

     ◇


 それは魔法の特訓をした日の帰り道の出来事だった。


 足早あしばやに帰路についた僕は、〈資料室〉を出て、中庭の回廊かいろうを進んでいた。


「おい」


 すると、すれ違った男から、唐突に呼び止められた。


 その前から視線は感じていた。けれど、定例会合や試合の件で、何かと有名になってしまったので、前々から似た経験が何度もあった。だから、特別気にかけなかった。


「お前、この間の会合で、あの野郎と一緒にいたやつだよな?」


 会合とあの野郎――その二つの単語でパトリックの顔がうかび、男のことも連鎖れんさ的に思い出した。パトリックがあいさつしている時、妨害ぼうがいするように大声を上げた男だ。


 年齢は二十代前半。制服には紫色のラインが入っているから〈雷の家系ライトニング〉の一族だ。上背うわぜいがあり、前髪が多少目にかかっている。鋭利えいりな刃物のような目つきをしていて、敵意というほどではないにせよ、友好的な雰囲気は感じない。


学長がくちょうのことですか?」


「他に誰がいる」


 男は鼻で笑いながら答えた。


「これは忠告だ。あの野郎に気を許すと、いつか痛い目を見るぞ」


 おどしつけるような眼差しに低い声。男の意図は読めないけど、つけ入るすきを与えないために、強気な態度で問い返す。


「どうしてですか?」


「中央広場事件は知ってるだろ?」


「……知りません」


「そんなことも知らないのか」


 迷ったすえに答えると、男が失笑しっしょうした。


「それなら教えてやるよ。事件が起こったのは五年前。多くの人間が見守る中、中央広場で公然と元老院げんろういんの議長が暗殺された。犯人とされたのは、当時辺境伯マーグレイヴの座にあり、あの野郎と無二むにの親友だったあの人。

 目撃者は誰一人としていなかった。それなのに、『暗殺時に電撃でんげきが走った』、たったそれだけの理由で、あの人は犯人に仕立てあげられたんだ」


 男はしだいに感情をむきだしにし、怒りを地面にたたきつけるようにコブシを振り下ろした。冷めた表情は様変わりし、憎悪が入りまじった瞳をこちらへ向ける。


 ほどなく、男はいくぶん感情を抑えてから言葉をついだ。


「俺は断固だんこ抗議した。あの人がそんなことをするわけがない。それなのに、決定的な証拠があるとつっぱねられた。その証拠は何だったと思う?

 あの野郎の証言だとよ。行方不明なのをいいことに、全ての罪をあの人になすりつけたんだ。ずっと行動を共にしてきたあの人を、同じこころざしをいだいていたあの人を、あの野郎は自分の身かわいさに売り渡しやがったんだ!」


 男は感情のおもむくくままに、近くの柱に右のコブシをたたきつけた。その後、男は感情をしぼりつくしたかのように、元の無表情へ戻った。


 そして、柱に寄りかかったまま、地面に向けて、声を振りしぼるように言った。


「それだけじゃない。あの人の行方不明が『樹海の魔女』の仕業であるのは疑いようがないのに、あろうことか、あの野郎は敵討かたきうちの邪魔までしやがる。

 お前なら許せるか? お前と仲良し子良しのあの野郎は、そんな冷酷な男なんだ。ボロ雑巾ぞうきんのように捨てられたくなかったら、お前もせいぜい気をつけるんだな」


 男の言い分を鵜呑うのみにはできない。ただ、嘘を言っているとは思えず、それが真実の一面であることは受け入れた。


 『樹海の魔女』というキーワードも耳に残った。魔女であるからには女性であり、巫女みこと何らかの結びつきがあってもおかしくない。


 男には山ほど聞きたいことがあった。けれど、男の剣幕けんまくに圧倒されてしまい、頭の整理が追いつかず、うまく言葉にできなかった。


「信じられないのなら、直接本人に聞いてみればいい。気が向いたら、その時の反応を俺に教えてくれ」


 それで気が済んだのか、男は満足げな笑みをうかべながら立ち去った。


    ◇


 その日の夜――ベッドの上で男の話を思い返していた。


 明日、パトリックに直接尋ねることも考えた。けれど、僕らは秘密を共有した運命共同体のようなもの。関係に亀裂きれつが入りかねない行為を、いたずらにすべきではないとも思った。


 悶々もんもんとした気持ちで、これまでのパトリックの行動を振り返る。彼ならばやりかねないという考えと、例の男が言う『あの人』の行方不明にも関与しているのではないか――そんな疑いさえ芽生めばえてくる。


 想像が悪い方向へふくらんでいき、胸にきざした不信感が暗い影を落とした。


「何かあった?」


 物思いにふけっていると、背中合わせに座っていたダイアンが、心配そうに声をかけてきた。


「何もないです」


 少し考えてから、心にもない返事をした。ダイアンに聞かせる話ではないし、聞かせても心配をかけるだけだ。


「そう?」


 勘がするどいらしいダイアンは、疑わしげに僕の瞳を見つめた。言葉通りに受け取らなかったようだけど、その話はそこで終わった。


     ◇


 次の日も〈資料室〉へ普段通り出仕しゅっしした。いつもの三人で戸口そばに集まり、始業の鐘を待ちながら雑談ざつだんしていた。


「中央広場事件って知ってる?」


 ふと昨日の話を思い出し、思いきって話を切りだした。すると、それまでのなごやかな雰囲気が一変した。


 オフィスが異様な静寂につつまれた。イスを前後にゆらしながら、きしむ音でリズムをきざんでいたチーフまで、ピタリと動きを止めた。


「それは禁句きんくです」


「ウォルター。中央広場事件はやめておけ。消されるぞ」


 ケイトが重い口を開き、わざとらしい真顔まがおのスコットが続く。どうやら、事件の話はタブーのようだ。


 ヒヤリとする雰囲気があったのは事実。けれど、冗談めかしたところもあったので、どこまで本気かわからない。


 ケイトがひそかにチーフへ視線を送っているのに気づいた。いつもは気のぬけた表情をしているチーフ。その顔に今は感情が宿っている。


 それはどこか、さみしげなものだった。

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