魔法の特訓(前)

     ◇


 聞き取り調査のくる日。イレギュラーな出来事もなく、チーフ以外の面々が黙々もくもくと作業を進めた結果、その日の仕事を二時間足らずで片づけてしまった。


 おどろくことに、あとは自由時間も同然で、居場所を告げた上で城内にとどまっていれば、何をしていても良いそうだ。


「ウォルター。魔法の特訓でもしないか?」


 スコットから願ってもない誘いを受けた。おとといの試合以来、仕事に追われ続けていたから、魔法を使う機会に恵まれてない。ケイトも加わって、三人で〈資料室〉の裏手に移動した。


 東棟ひがしとうと城壁にはさまれたその場所は、日当ひあたりが良くないものの、心地良い風が吹きぬける緑あふれる空間だった。おまけに、人が通らないので、思う存分ぞんぶん魔法が使える。


 前提ぜんていとなる魔法の知識がなかったので、まずは二人に講義を依頼した。


「ざっと説明するぞ。魔法には火・水・氷・雷・風の合わせて五つの属性がある。攻撃力にすぐれるのは『火』と『雷』の二つ。ゾンビが相手の場合、攻撃に用いるのはもっぱらこの二つで、残りの三つは足止めに利用される。

 ただし、人間同士となると話が百八十度変わってくる。『水』や『氷』は防御面で力を発揮するし、『風』は他属性との連携で絶大な効果をもたらす」


「五つの属性同士には相性があります。例えば、『火』の防御には『氷』と『水』がけ、連携れんけいに長けるのが『風』です。『火』と『風』の連携は最もポピュラーな組み合わせで、序列じょれつ上位に使用者が数多くいらっしゃいます。

 相性という面で一番あつかいづらいのは『雷』です。防御面、連携面で好相性のものはゼロ。そのため、『雷』は単独で用いる方が多いです。救いは攻撃面で相性の悪い属性が存在しないことで、何だかんだで人気があります」


「複数の魔法を同時に発動できるってことでいいの?」


「それは無理だ。発動は別々で、それぞれの魔法を順々に使っていく」


「最初に発動させた魔法が消えないうちに、次の魔法を発動させるんです。例えば、発現させた『火』を『風』で操作したり、空気中に噴射ふんしゃした『水』を『氷』で凍らせたり、そんな感じです」


「その場合、発動させる順番も非常に重要になってくるぞ」


 実際に試さなくても、どれもこれも感覚的に理解できた。『火』と『雷』の連携が相乗そうじょう効果を生み出さないのは想像がつく。魔法で発現されても、火は火、水は水らしいから、本来の性質は変化しないのだろう。


「『風』は火・氷・水と連携できる万能属性で、第二の魔法として引く手数多あまたですが、攻撃力に欠けるため単独で用いる人はほとんどいません。ちなみに、私は『風』の魔法のみで序列上位をめざす、奇特きとくな方を一人だけ知っています」


「この俺だ」


 そう言ったスコットが、立てた親指を得意げに自身へ向ける。


「まともな人間のすることではありません。くれぐれもマネをしないでください」


「おい」


 スコットが静かな怒りを見せる。そういえば、パトリックが『多少難があるけど才能に恵まれている』とスコットを評していた。聞いた時は性格面だと勝手に予想したけど、たぶん、このことを言ったのだろう。


     ◇


 この後、講義は実戦的な戦法に移った。


「『風』の基本的な技は二つ。『突風とっぷう』と『かまいたち』だ」


 スコットが手本てほんを披露し始める。最初に広い範囲へ向けた『突風』を起こした後、次に鎌に見立てた風の刃を前方へ撃ち放った。


 どちらも先日の試合で僕が使っていた魔法とウリ二つだった。どうやら、無意識のうちにできていたようだ。


「『風』はこの二つの技を組み合わせて戦う。ウォルターはこの間の試合でもできてたな。ただ、なるべく『かまいたち』を中心に組み立てるべきだ。

 理由は空気を切りさく音に抜群ばつぐん威嚇いかく効果があり、なおかつエーテルの消費効率が良いこと。『風』は直接ぶつけても問題ないという安心感から、スレスレの場所を攻められる。あと、フィニッシュの時に役立つ、とっておきの技を教えよう」


 スコットの顔つきが変わった。かすかに色づいた『風』が周辺の砂を巻き上げながらうずを作った。


 まもなく、直径二メートルほどのつむじ風がくっきりと姿を現した。大気をかき混ぜるようなかん高い音が、だんだんとするどさを増していく。


「決め技として使われるのが、この『つむじ風』だ。これで相手を包囲できれば勝ったも同然。魔法ごしに魔法を発動するのは不可能に近いからな。まあ、『風』でそこまで追いつめるのが大変なんだけどな。

 『風』は攻撃力が弱く攻勢こうせいに出るのが難しい反面、エーテルの消費量が少ないという利点もある。チャンスをうかがいながらガマン強く耐えぬき、相手が途方に暮れるぐらいの持久戦じきゅうせんに持ち込む。それが『風』の正攻法せいこうほうでありベストな戦い方だ」


「ちょっと待ってください。何で『風』のみで戦うこと前提なんですか!?」


 ケイトの言葉でハッとなった。つい聞き入っていたから、たくみに誘導されていたことに気づかなかった。

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