試合(中)

     ◆


「お前の魔法でこれを防ぎきれるか?」


 一撃目はあくまでおどし。本気の魔法は防御できないと、胸にきざませるのがデビットの目的だ。


 そして、相手がひるんだ隙をついて、一気に距離をつめ、たて続けに魔法を展開。電光でんこう石火せっかで相手の戦意をくじくという計算だ。


 熟練の魔導士ならいざ知らず、経験不足のウォルターに臨機りんき応変おうへんの対応は難しいとふんだ。


(挑発に乗るなよ。バカ正直に付き合う必要はない。それはよければいいんだ)


 先ほど注意されたため、スコットは声をかけたい気持ちをグッとこらえ、祈るような思いをウォルターの背中へぶつけた。


 しかし、その考えはウォルターの念頭ねんとうにない。同じ場所から一歩も動かないデビッドを見て、魔法を物理的によける選択肢はないと勘違いしていた。さながらサッカーのゴールキーパーの気分だった。


 ウォルターがひたいににじんだ汗をぬぐい取る。さっそく、禁じ手たる魔法無効化に手をのばしかけたが、寸前でふみとどまった。ひとまず、スコットの『ピンポイントにやれ』という助言を実践することにした。


 押し出されるように『火球かきゅう』が撃ち放たれる。ほぼ同時に、デビッドがそのかげに身をひそめながら、前方へ足をふみ出した。ウォルターはその場から一歩も動くことなく、真っ向勝負のかまえだ。


 デビッドの当てははずれた。しかし、受けきれるわけがないと考えた彼にとって、それは願ってもない展開。


 同様の思いをいだいたスコットは、苦悶くもんの表情をうかべ、全力で迎撃する態勢に入った。


(ピンポイント、ピンポイント)


 ウォルターはすくんだ全身をふるい立たせ、先の助言を胸中でくり返す。


 その思いにこたえるように、無数の細い筋が手元で凝縮ぎょうしゅくしていき、まもなくかまのかたちを形作った。とぎすまされた風のやいばが解き放たれ、たけり狂う『火球』を迎え撃つ。


 二つの魔法が中央ライン付近で激突した。周囲の予想に反して、軍配ぐんばいは風の刃――『かまいたち』に上がる。『火球』は中央部分を大きくえぐり取られ、真っ二つになってウォルターの両サイドをすりぬけていった。


 予想外の出来事で、スコットは身動き一つ取れず、あ然とそれを見送った。


 『火球』を一刀両断した『かまいたち』は、その身を縮小させたが、形状を保持している。そして、そのまま一直線に突き進み、運悪く『火球』の背後にいたデビッドへ、真っ正面から襲いかかった。


 デビッドはとっさに体を横に流し、肉迫にくはくするそれを紙一重かみひとえでかわした。しかし、『かまいたち』の風圧でバランスをくずし、たまらずその場に尻もちをついた。


 渾身こんしんの攻撃が防がれるどころか押し返された。デビッドの表情がたちまち苦渋くじゅうに満ちる。


 観衆は静まり返り、驚愕の表情をうかべる者が目立つ。あのレベルの『火球』を風の魔法で撃退する――それは、にわかに信じがたい光景だった。


 パトリックも同様の顔つきを見せていたが、ウォルターの能力を知る彼は、周囲ととらえ方が違った。『火球』がウォルターへ接近するにつれ、急激に縮小していく現象を目撃していた。


 本来、術者じゅつしゃの手元を離れた魔法は、しだいに弱まっていくが、周辺のエーテルを取り込みながら、状態の維持をはかる一定の力が働く。それが『火球』には働いていないように見えた。


 言うまでもなく、その要因をウォルターの〈悪戯〉トリックスターに求めた。


(そういうことですか。ウォルターは空間内のエーテルを増幅させたのでなく、風属性のエーテルへ変換した。つまり、〈悪戯〉トリックスターが風の指輪と同じ役割を果たし、しかも、それは指輪とくらべものにならないほど強力。炎の魔法が通常以上に弱まったのも、空間内が別属性のエーテルで満たされていたからでしょうか。それよりも気になるのは……)


 パトリックはあやしんだ。ウォルターが存外ぞんがい魔法を使いこなしていることを。


 一朝いっちょう一夕いっせきでたどり着ける領域を、はるかにふみこえている。戦い方はまさに教科書通り。風の魔法で戦うすべを、熟知しているとしか思えなかった。


 魔法が使えないとただシラを切っていただけか。それとも本能のなせる業なのか。ただ、未知の能力が介在かいざいしている以上、比較対象はなく、結論が出るわけもない。


小細工こざいくはやめにしよう」


 屈辱にそまった顔をふせたまま、デビッドが自らを鼓舞こぶするように言った。


 発現した新たな炎は、スケールだけなら先ほどの数倍ある。けれど、巨大化に注力したため、いちじるしく不安定で、一定の形を保持できていない。


 もはや、デビッドの頭から勝敗に対する関心が消え失せた。それは二の次。力と力をぶつけ合い、どちらがより威力のある魔法をくり出せるか。その一点に全力をかたむけ、失ったプライドを取り戻す。


「そんなバカデカいのをぶっぱなすんじゃねえ! 少しはこっちの身にもなれ!」


「外野はだまって見てろ! さっき言われたことをもう忘れたか!」


「お前に言ってんだよ!」


 デビッドがうつろな目をパトリックに振り向けた。


学長がくちょう、止めるなら今のうちですよ?」


 彼は正気を失いかけている――パトリックの目にはそう映った。試合は中止すべきと考えたものの、今度こそ、この目で〈悪戯〉トリックスター本領ほんりょうを見届けられるかもしれない。その思いが決断をにぶらせた。


 デビッドは相手の沈黙を容認と受け止めた。相手の直接攻撃をいとわない口ぶりに、ウォルターは身の危険を感じた。パトリックに非難の目を向けると、何かを期待するような眼差しで見返される。


 その意味をウォルターは魔法無効化のゴーサインだと判断した。暴れ回るモンスターのごとく『豪炎ごうえん』には、それ以外の手段では歯が立つと思えなかった。

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