試合(前)

     ◆


「始めてください」


 立会人のパトリックが、無情にも試合開始を告げた。


「よそ見してていいのか?」


 デビッドの言葉がかすかに耳に届く。


 我に返ったウォルターが、すかさず目を向けた。すると、デビッドが目いっぱいに突き出した右腕の先に、バスケットボール大の炎がすでに現れていた。


小手調こてしらべだ」


 ウォルターの不意をつくように、早々にそれを撃ち放った。直線的に向かってくる『炎弾えんだん』は、目で追えない速さではない。ただ、あれこれと対策をねる余裕はなかった。


 ウォルターがかまえた右腕に力をこめた。


(もう破れかぶれだ。風よ起これ!)


 そう一心に念じ、胸に吹き荒れる暴風を思いえがく。その瞬間、薄緑色(エーテル色と呼ぶ者もいる)に色づいた無数の細いすじが、ウォルターの前方に現れ出した。


 まるで気流を映し出すかのような筋は、からみ合うようにして放射状に散らばっていく。巻き起こされ魔法の『風』は、デビッドの『炎弾』を立ちどころにかき消し、豪風となって周辺の大気を鳴動めいどうさせた。


 観衆から驚嘆のため息がいっせいにもれた。デビッドはおろか、当の本人も開いた口がふさがらない。放たれた魔法は、めったにお目にかかれない威力だった。


 ウォルターの能力の一端いったんを知るパトリックにとっても、目を見張るものだった。


 自身が相手に断りもなく口にした『ジェネラルの座をめざす』という大言たいげん壮語そうごも、あながち夢物語ではないかもしれない。


 その手ごたえを感じながらも、ある疑念がわいた。はたして、空間のエーテルを増幅しただけで、ここまでの芸当ができるのだろうか――と。


大口おおぐちをたたくだけのことはある)


 顔を引きつらせたデビッドが、内心でつぶやいた。しかし、ウォルターの実力に驚愕しながらも、初撃の対応を見ただけで、決定的な弱点を見ぬいた。


 小手調べの攻撃への対処で、先のような大技をくり出しては、早晩そうばん自陣のエーテルを食いつぶす。それはセオリーに反していた。たとえ強力な魔法が使えても、ウォルターは戦術の基礎すら知らないと断じた。


「すげえ……。すげえよ、ウォルター。でも、やりすぎだ。もっとピンポイントにやれ」


(よけいな口出しするな)


 スコットの助言を耳にすると、デビッドは舌打ちした。しかし、言われてできるなら始めからやっているはず、と楽観した。


 デビットは方針転換を決めた。出方でかたを慎重に見きわめるのをやめ、速攻に次ぐ速攻で、相手に大技を連発させることにした。


 先ほどと同程度の『炎弾』を、連続で三つ発現させる。相手をまどわすように、しばらくその場で回転させた後、間髪かんぱつ入れずに片っぱしから撃ち放った。


 三つの『炎弾』が不規則な軌道きどうをえがきながら、ウォルターへ襲いかかる。デビッドの目論見もくろみまとをしぼらせないことで、より広範囲におよぶ大技を出させることだ。


 ウォルターはその誘いに乗った。個々の迎撃は不可能と判断し、三つ同時に相手取る。建物自体が震動したと錯覚さっかくするほどの重低音が、中庭にひびき渡った。


 観衆からどよめきが起こった。


 デビッドの作戦通りに、事は運んでいる。ウォルターの攻撃は彼のもとまで届いていない。ケタ外れの威力も、自身の周辺にとどめてこそ発揮されている。


 デビットはそう心に言い聞かせたが、大気のふるえは彼の身をもふるえ上がらせた。


「何でもかんでも相手する必要はないぞ。後ろにそれていくのはほうっておけ」


 スコットの新たなアドバイスが飛びだす。作戦を見すかすかのような的確さで、デビッドは血相けっそうを変えて、声を張り上げた。


「外野が口出しするな!」


「ウォルターは今日が初めての試合なんだよ!」


 スコットが負けじと応酬すると、デビッドはパトリックへ矛先ほこさきを変えた。


「立会人、ルール違反じゃないか!」


「スコット。試合中の助言は控えてください」


 スコットは肩をすくめて不服そうな様子を見せたが、指示にしたがった。


     ◆


 ちょうどその時、一人の女性が中庭を通りかかる。向かい側にパトリックの顔を見つけ、ふと彼女は足を止めた。試合を行う両者に目を向けると、片方の男が定例会合の主役となった人物だと気づいた。


「ねえ、あれって……、あの男だよね?」


 となりにいた同僚に、そう話しかけた。


 彼女の名はクレア・バーンズ。年齢は十七で、一族は〈火の家系ボンファイア〉。制服は赤いラインでふち取られ、ユニバーシティ幹部の証たるマントを羽織はおっている。


 ボーイッシュな短髪と、活発さをたたえた瞳には幼さが残る。けれど、立ち居振る舞いはりんとしていて、ユニバーシティの序列二位にふさわしい風格がそなわっている。


     ◆


 ウォルターは相手の攻撃を難なくさばいたが、反撃方法の具体策が思いつかず、手をこまねいていた。


 フィールドのエーテルを支配するという勝利条件は、理屈ではわかっても、感覚的には雲をつかむような話だ。


 勝利のためには間合いをつめる必要がある。けれど、相手の手のうちがわからない現状ではリスクが大きい。また、〈悪戯〉トリックスターの十メートルという有効範囲が、戦法の幅をせばめていた。


 ウォルターは能力の並外なみはずれた効力を実感していたが、仮に相手を能力の有効範囲に置けば、エーテル増幅の恩恵を受けかねないと考えついた。


 その場合、自身のアドバンテージは帳消ちょうけしとなり、デメリットも未知数だ。かえって、自分の首をしめることになりかねない。


 一方のデビッドは精神的に追いつめられていた。自身の力量はウォルターに遅れを取っているかもしれない。許容しがたい考えが頭をチラついて離れない。


 戦術面では確実に上回っているとはいえ、下手に試合を長びかせれば足をすくわれかねない。危惧の念が、デビッドにさらなる方針転換をせまった。


 試合において、魔法は最小限の力で一点に集中させるのが常套じょうとう手段。ウォルターは依然として大味おおあじな魔法しか使わない。その点に勝機を見出し、経験の差に物を言わせて一気に勝負を決める。


 決意をかため、直径一メートルを優にこえる巨大な『火球かきゅう』を発現させた。高密度の燃えたぎるマグマのようなそれは、先だっての『炎弾』とは明らかに異質だ。


 それを目の当たりにしたウォルターは、圧倒的な存在感に思わず息をのんだ。

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