試合前

     ◇


立会人たちあいにんは私でよろしいですか?」


「願ってもないことです」


 デビッドが自信に満ちた表情で応じた。


 その後、西棟にしとうの中庭へ移動した。そこは公式試合の会場にも用いられる場所で、おどろくほど広かった。


 建物の内側に、これだけの空間を確保することを不思議に思った。加えて、要塞ようさいのような建物の中身がスカスカだと知って、ちょっと落胆らくたんした。


 あとからおぼえた知識だけど、中庭があるのは建物の部屋にまんべんなく太陽の光を行き渡らせるためで、それによって光がさし込む部屋を二倍に増やせるそうだ。


 電気のない時代だから、明かりを効率的に取り入れるのが理由だけど、現代っ子の自分には想像がおよばなかった。


 試合会場に使用される中庭は全面石畳。魔法が飛びかうので、樹木や芝生など燃えるものが配置できないからだろう。


 さらに、四方しほうを取り囲む壁面へきめんには多数の格子こうしつき窓があり、それが刑務所のような雰囲気を演出していて、ひどく殺風景だ。


 試合の準備が着々と進められる。中央にラインが引かれた長方形のフィールドが確認できる。ちょうどバスケットコートくらいの大きさで、僕はデビッドの反対側に陣取った。


「スコット。バックアップをお願いできますか?」


「引き受けましょう」


 バックアップは味方の後方に控え、様々なサポートを行う。直接試合に関与しないものの、後方にそれた魔法への対処など、味方や観戦者に危険がおよぶ場合にかぎって介入かいにゅうが許される。


 通常、試合を行う者と同等、または上手うわての実力者がその役を務める決まりになっている。


「魔法の無効化についてですが、あくまで最後の手段ということで」


 パトリックが去りぎわにそう言い残した。中庭の周囲は回廊かいろうになっているため、そこそこ人通りがある。今も通りかかった人が続々と足を止めていて、しだいにギャラリーが形成されつつあった。


 確かに、能力の秘密を守ることを考えれば、大勢が見守る中で破天荒はてんこうなことはできない。でも、頭で理解できても、片腕でバットを振れと言われた気分なのは否めない。


「直接攻撃は厳禁だが、軽くおどしをかける程度なら問題ない。距離を取っていれば、たいがいのことは大目に見てもらえる。危ないと思ったら、俺が代わりに応戦するから、ケガの心配とかせずに思いきりぶつかれ。ただ、俺が手助けできるのは二回までだ。三回手を出した時点で、こっちの負けになるからな」


「直接攻撃がダメなら、勝敗はどうやって決めるの?」


「一口に言うと、フィールドのエーテルを支配すれば勝ちだ。基本的な試合の流れを説明するぞ。序盤は距離を取って魔法を撃ち合うことになるだろう。優勢だと感じたら、少しずつ間合いをつめていき、相手陣地のエーテルを自分の物にしていく。

 要は、相手陣地で魔法を発動すればいい。そして、相手に魔法を発動するすきすら与えず、自身の魔法で包囲してしまえば、いずれを上げるよ。往生際おうじょうぎわが悪いようなら、多少けしかけてもオッケーだ」


 スコットから詳しい説明を聞いて、ひとまず安心した。試合は切磋せっさ琢磨たくまを目的としたものだから、命がけの内容にならないのは当然か。ただ、経験と戦術を要求されそうなので不安をおぼえた。


「こっちは準備万端だぞ!」


「もう少し待ってくれ!」


 声を張り上げたデビッドに、スコットが応じる。デビッドが大げさに鼻を鳴らしたのが、二十メートル以上の距離を置いていてもわかった。


「ウォルター、あいつの右手を見ろ。二つの指輪をしているだろ。実はあいつ、〈水の家系ウォーターウェイ〉のくせに『火』をメインに使うんだ。『火』はあつかいやすいし、試合を有利に運べるから人気は高い。反面、『水』との相性は最悪の一言。にも関わらず、あいつは第二の魔法にあえて『火』を選んだ。上をめざすためだけに、慣れ親しんだ『水』をないがしろにしたんだ」


 控え目の声量ながら、スコットのそれには力がこもっていた。


「あいつは一族のことなんか屁とも思っていない、魔導士の風上かざかみにも置けない野郎だ。ああいう節操せっそうのない男が、俺は心底嫌いなんだ。頼む、ウォルター。あいつのはなぱしらをへし折ってやってくれ」


 スコットが後方へ下がった。親戚付き合いさえ少ない現代社会で生まれ育ち、便宜べんぎ上〈風の家系ウインドミル〉のお面をかぶっているだけの自分にとって、一族云々うんぬんの話はピンと来なかった。


 スコットの話で思い知ったのは、彼の思いというより、使用する魔法が出身一族にしばられない上に、異なる属性の魔法が同時に使えること。誤算はそれだけじゃない。


(そういえば、風の魔法は一度も見たことない。だいたい、『風』なんかで『火』に対抗できるのだろうか……?)


 今さら気づいた事実に呆然となり、後悔が怒涛どとうのごとく押し寄せてくる。早まったかもしれない。自分は乗せられやすい性格だと痛感した。

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